第41話 エース、こっそり残業
異変に最初に気づいたのは、経理だった。
「……ねえ。最近、隼人の様子、おかしくない?」
夕飯の円卓で、沙耶が声を落とした。当の隼人は、今夜も「ちょっと出てくる」と言い残して、夕方から留守である。
「おかしいとは」
「ここ十日で、七回。夕方から夜まで、行き先を言わずに出かけてる。しかも、帰ってくると、妙に、疲れてるのよ」
「「「…………」」」
言われてみれば、である。あの省エネの権化が、最近、夕飯の後にすぐ寝る。手のひらに、見慣れない豆ができている。そして先週など、うたた寝しながら「……納期……」と寝言を言った。
「のうき」
「納期って言ったわね、確かに」
「異世界に納期があるのも驚きだが、あいつの口から出るのが一番怖い」
「か、賭けの負けが込んで、危ない仕事でもしてるんじゃないのか」
ヴィクが、真顔で言った。監視者の発想が治安に悪い。だが、否定できる材料もない。なにせ、俺たちのエースには前科が山ほどある。というか、日頃の行いが山ほどある。
「よし。議題を諮る。尾行、するか?」
「監視者として、賛成だ」
「ん。しんぱいだから、さんせい」
「はあ……不本意だけど、賛成。心配だし」
満場一致である。ちなみに全員、理由の半分は心配で、もう半分は野次馬だった。
尾行に先立ち、容疑の洗い出し会議が行われた。
「候補一。賭場の胴元。前科あり」
「候補二。魔石の転売。前科あり」
「候補三。何かの詐欺の片棒。前科は、ないけど時間の問題」
「候補四……よる、パンをぬすみぐい」
「ひなた、それはお前の前科だ」
「候補が全部信用ゼロなの、私たちのエースの日頃の行いよね」
「本人がいないところで進む査問会議、僕は少し怖いぞ」
——翌夕。俺たちは、出かける隼人を尾行した。
言っておくが、俺たちの尾行は、先日ヴィクに三分でバレた実績を持つ。今回は反省を活かし、隊列を組んだ。先頭・ひなた(気配が薄い)、中衛・沙耶とヴィク(常識人風の歩き)、しんがり・俺(存在感を闇に溶かす)。
「(あんたの風呂敷が今日も月光を反射してるのよ)」
「(闇に溶けてない。むしろ発光してる)」
「(くっ……聖別された布は月と相性が良すぎる……!)」
隼人の足取りは、迷いがなかった。大通りを西へ。市場を抜けて、着いた先は、意外な場所だった。
ブロム棟梁の、資材置き場である。
「おう、来たか兄ちゃん!今日は瓦の積み込みからだ!」
「あいよ。……で棟梁、例のブツは」
「入荷済みよ。仕事が終わったらな!ガッハッハ!」
物陰から覗く俺たちの前で、俺たちのエースは——荷車に瓦を積み始めた。慣れた手つきで。てきぱきと。文句ひとつ言わずに。
「「「「…………」」」」
「(はたらいてる)」
「(働いてるわね)」
「(あの隼人が)」
「(『働いたら負け』はあんたの持ちネタだったわね、そういえば)」
「(俺のTシャツの話は今いいんだよ)」
衝撃の光景だった。夕日の中、汗を拭いながら資材を運ぶ柴田隼人。あまりに見慣れない絵面に、ヴィクだけが小首を傾げていた。
「(……?働くのは、偉いことだろ。なんでお前たちは幽霊でも見た顔をしてるんだ)」
「(ヴィク。俺たちのエースはな、報酬のない労働を“詐欺”と呼ぶ男なんだ)」
「(お前たちの人物評、ひどくないか)」
——そして、仕事終わり。
事件は起きた。棟梁が、奥から布を掛けた大荷物を、どん、と出してきたのである。
「ほれ、約束のブツだ。“冷蔵の魔道具”よ。中古を仕入れて、わしが直した。新品の半値、そこからお前さんの十日ぶんの働きを差し引いて、残り銀貨5枚だ」
「五枚ね。ほい。……ふう、やっと払い終わった」
「「「「冷蔵の魔道具!?」」」」
思わず、声が出た。四人ぶん、同時に。
物陰から転がり出た俺たちを見て、隼人は、世にも珍しい顔をした。気まずさと、開き直りと、照れが三等分された顔である。
「……げ。お前ら」
「げ、じゃないんだよ。おい隼人、説明しろ。この十日の夜と、その魔道具と、あと寝言の“納期”を」
「〜〜〜っ、あー!もう!」
隼人は、頭をがしがしと掻いて、白状した。
要点は三つ。増築の時、冷蔵の魔道具は金貨2枚で諦めた。だが棟梁から「中古を直せば半値」と聞いた。それで、賭け芋剥きのテラ銭(没収を免れた分)を頭金にして、現場仕事で残りを払っていた。
「なんで、黙ってたのよ」
「……言ったら、割り勘にするとか言い出すだろ、お前ら。これは俺の道楽だから、俺の金でやるんだよ」
「道楽って、あんた……」
「それに、ほら、あれだ」
隼人は、魔道具の布をばさりと剥いだ。飴色の木枠の、立派な冷蔵庫だった。
「——風呂上がりの牛乳って、冷えてないと意味ないだろ」
「「「「…………」」」」
ひなたが、無言で冷蔵庫に駆け寄り、扉を開けて、閉めて、開けて、頬ずりした。
「つめたい。……はやとくん、てんさい」
「おう。もっと言え」
「あんた……それ、ひなたの『つめたいぎゅうにゅう』のために……」
「違えよ。“俺が”飲みたいの。風呂上がりに。冷えたやつを。……お前らのぶんは、ついでだついで」
「素直じゃないわねえ」
「うるさい。ほら、運ぶぞ。重いんだから手伝え」
「ちなみに棟梁。こいつの働きぶりは、どうでした」
「筋がいい!特に銭の勘定と資材の目利きが早え!どうだ、うちに弟子に来んか、兄ちゃん!」
「異世界で二度目の就職勧誘だ……」
「断る前提で聞くけど、給金は」
「聞くのかよ」
——帰り道。冷蔵庫を五人で担ぎながら大通りを行くと、通行人がみんな二度見していった。門の当番だったいつもの門番さんは、俺たちと冷蔵庫を三度見して、深く頷いた。
「……何も聞かないでおくよ」
「賢明です」
担ぎながら、俺は隣の悪友に聞いた。
「なあ。お前、金の亡者のくせに、なんで貯めた金を全部これに」
「……あのな、圭吾。俺は金の亡者じゃねえ。金は好きだけどな」
隼人は、夕焼けの空を見上げて、めんどくさそうに言った。
「金ってのは“自由の回数券”なんだよ。あれば、行きたい場所に行ける。食いたいもんが食える。……あいつらと、馬鹿やりたい時に、馬鹿やれる。だから貯める。だから増やす。で、使いどころが来たら、使う。それだけだ」
「……ほう」
「今回は使いどころだった。それだけの話。……おい、なんだよその顔。やめろ、その生温かい顔を」
「いや?ここのエースは、いい奴だなと」
「はー、やめたやめた!この話、終わり!おい、ひなた!帰ったら牛乳冷やすぞ!」
「んッ」
——その晩。風呂上がりの五人は、台所に一列に並んで、冷えた牛乳を順番に飲んだ。
腰に手を当てて一気に飲むのが正式作法だと俺が主張し、全員がそれに倣い、ヴィクが「な、なんだこの儀式は」と言いながら一番様になっていた。
「「「「「ぷはぁ」」」」」
五つの息が、綺麗に揃った。
文明とは、冷えた牛乳のことである。
なお、その後の「冷蔵庫に何を入れるか会議」は、深夜まで紛糾した。
ひなたは牛乳と芋と燻製の常備を主張して通し、俺の「漆黒の氷(ただの氷)を常備したい」は却下され、隼人の「冷やした銅貨は気持ちいい」は議題にすら上がらず、ヴィクは無言で最下段に「甘いの専用棚」を確保して、誰にも気づかれていないと思っていた。
(全員、気づいていたが、誰も触れなかった)
なお、翌朝の家計会議で、沙耶が帳面に新しい項目をひとつ、書き足していた。
『隼人: 貸し一(非公式)。ただし本人には内緒』
「経理、それは帳簿と言うより、恩の記録では?」
「いいのよ。……私の帳簿は、そういうのも載せるの」
俺たちの経理は、金にならないものも、ちゃんと数えるのである。




