第40話 絆値、三たび測定不能
王都からの客人は、三日後の昼、二頭立ての馬車で到着した。
降り立ったのは、灰色の旅装をきっちりと着込んだ、長身の女性だった。歳は三十前後。銀縁の眼鏡。結い上げた鳶色の髪に、一分の乱れもない。その手には、分厚い革張りの記録帳。
「王都ギルド本部、監査室のロズリンと申します。パーティ《腐れ縁》の査問……失礼、“調査”に参りました」
「「「「今、査問って言った」」」」
「言い間違いです。お気になさらず」
目が、笑っていなかった。
——応接は、ギルドの会議室で行われた。同席はグスタフさんとリタさん。俺たち四人は、長机の向こうから、記録帳越しの視線に晒されていた。
「本部は、フォルテ支部の報告に、重大な関心を持っています。絆値測定不能、二回。規格外の加護、複数。Fランク初依頼での主討伐。特例二段昇級。氾濫の単独……四名での鎮圧」
ロズリンさんは、記録帳をめくりながら、淡々と読み上げた。
「率直に申し上げます。本部では、この報告は“誇張”か“誤記”か“支部ぐるみの虚偽”のいずれかだろうと」
「おい」
グスタフさんの眉が動いた。ロズリンさんは、眼鏡を押し上げた。
「私も、そう思って来ました。ですが、道中の街道と宿場で、貴方がたの噂を七件、採取しました。曰く、パンで狼を落とす。罵り合うと強くなる。挙句の果てに、大食いの少女が森を消す。……証言の内容が、荒唐無稽のくせに、全部一致しているんです」
「噂の方が正確なの、私たちらしいわね」
「本日は、その真偽を確認します。絆値の、再々測定です。本部の検定水晶を持参しました」
ロズリンさんが、助手に運ばせた木箱を開けた。中から現れたのは、見慣れた絆晶盤より一回り大きい、青みがかった結晶だった。
「本部の検定用・特級絆晶盤。王都の英雄パーティの絆値も、これで測りました。測定上限は、通常盤の三倍です」
「三倍……!」
「これなら、皆さんの絆値も数字が出ます。出れば、報告書が書ける。出なければ——」
「出なければ?」
「出なかったことが、ないので、想定していません」
嫌な予感しか、しなかった。主に、水晶にとっての。
——測定は、ギルドの大広間で、衆人環視のもと行われた。
野次馬が柵の外に鈴なりである。ドワーフの賭け板には『三度目の測定不能』1.3倍の文字。俺たちへの信頼(?)が、倍率に出ていた。
「なお、賭けの対象にしないでください。公式の検定です」
「「「「(無理だと思います)」」」」
特級絆晶盤が、台座に据えられる。ロズリンさんは、記録帳を構えた。
「では、四名とも、手を置いて。“共に在る”と唱和を」
俺たちは、顔を見合わせた。三回目ともなると、様式美である。
「「「「共に在るッ!!」」」」
結晶が、輝いた。
目盛りの光が、登る。30、50、70。広間がざわめく。90。100。通常盤の上限を超えて、まだ登る。150。200。
「じょ、上限の三倍まで、あと少し」
290。
そして。
特級絆晶盤は——ぷつん、と光を消した。
悲鳴なし。明滅なし。あの日の劇的な暴走すらなく、ただ、事務的に、ふっと。まるで「この件はもう受理しません」とでも言うように。
しん、と静まる大広間。
ロズリンさんが、無言で結晶に近づき、こんこん、と叩いた。結晶は、うんともすんとも言わなかった。
「…………故障、ですか」
「いえ。あの、監査官さん。前例が、二回ほどありまして」
リタさんが、遠い目で言った。
「これ、故障じゃないんです。“諦めた”んです、水晶が」
「水晶は、諦めません。水晶は道具です。道具は——」
ロズリンさんはそこで言葉を切り、結晶と、俺たちと、記録帳を、順番に見た。長い、長い沈黙だった。
やがて、彼女は眼鏡を外し、眉間を、ぐっと揉んだ。
「……測定不能。三回目。しかも本部検定盤で」
「ちなみに監査官さん、それ、報告書のどこに書くんです?」
ロズリンさんは、少し間を置いた。
「備考欄です」
「「「「やっぱり備考欄なんだ」」」」
柵の外で、ドワーフたちの歓声が上がった。1.3倍、的中である。だから賭けるなと言われていただろうに。
——査問、もとい調査は、その後も夕方まで続いた。
加護の実演(俺の看破は「有用性を確認。ただし公文書の名称が全てを台無しにしている」と記録された)。ひなたの魔力測定(測定器がまた諦めた)。隼人の平時の非力(荷運びの兄ちゃんに敗北して記録された)。沙耶のそよ風(「計器より正確」と唯一まともに褒められた)。
そして日暮れ、ロズリンさんは記録帳を閉じた。
「……結論。フォルテ支部の報告に、誇張なし。むしろ、控えめでした」
「ガハハ!!だから言ったろうが!!」
「支部長。笑い事ではありません。いいですか、皆さん。これは“報告される”ということです。あなた方の存在は、本部の帳簿に載り、しかるべき人々の目に触れる。王都の、ギルド総本部の、もっと上の……様々な方々の、目に」
会議室の空気が、少しだけ、変わった。
「……それって、俺たちにとって、良い話です?悪い話です?」
「両方です。良い方から言えば、近く、王都から正式な“招待”が来るでしょう。測定不能の絆というものを、直接見たがる方々がいます。悪い方は」
ロズリンさんは、眼鏡を掛け直した。
「目立つということは、良い目も悪い目も、両方から見られるということです。以上」
「監査官さん、最後のだけ妙に実感がこもってましたね」
「……王都は、そういう街です」
見送りの馬車が出る間際、ロズリンさんは、ふと足を止めて、俺たちを振り返った。
「最後に。個人的な質問を、ひとつだけ」
「なんです?」
「三度も測定不能と言われて、あなた方は、悔しくないのですか。数字が出れば、あなた方は間違いなく、記録級の数字のはずです。名誉も、箔も付く」
俺たちは、顔を見合わせた。
「「「「別に?」」」」
「……理由を、伺っても?」
「だって、なあ」
「ええ。数字が出たら」
「「「「“限界がある”ってことになるし」」」」
ロズリンさんは、目を丸くして、それから、初めて、ほんの少しだけ笑った。
「……備考欄に、追記しておきます。“本人たちに、自覚なし”と」
馬車は、王都街道を東へ去っていった。
——その晩。我が家の円卓で、夕飯(芋餅の残りと燻製)を囲みながら、会議が開かれた。
「議題。“王都からの招待”について」
「来るかどうかも分からんが、来たらどうする、だな」
「王都ヴェルナ……大書庫……行きたい。行きたいけど、旅費が」
「大市はハーヴェンだけど、王都の市場も大きいって、行商のおっちゃんが」
「ん。……いく」
「食い物の話が出た瞬間の即答よ、それ」
わいわいと騒ぐ円卓の隅で、ヴィクだけが、静かだった。
芋餅を持ったまま、じっと、手元を見ている。
「……どうした、我が眷属」
「王都、か」
ぽつりと、こぼした。
「王都には……教会の、本山がある。人も多い。目も多い。……僕みたいな旅の者には、あんまり、近寄りたくない街だ」
「ふうん。……ま、招待が来たとしても、まだ先の話だ。それに」
「それに?」
「留守番が嫌なら、ついて来ればいい。フードの奥を詮索しない連中と一緒なら、人混みも多少はマシだろ」
「だ、誰が行くと言った!僕は監視者で、監視対象が動くなら、その、仕方なく、当然、ついて行くが!」
「はいはい、仕方ない仕方ない」
「その相槌、絶対に分かってて言ってるだろ!!」
窓の外、東の空。王都のある方角に、知らない星座が瞬いていた。
測定不能、三回目。
俺たちの絆は、今日も数字にならない。数字にならないまま、どうやら、ずいぶん遠くまで届き始めているらしい。
「……なあ、お前ら。なんか、話がでかくなってきてないか?」
「今さらね。ま、いつも通りでしょ」
「ああ。いつも通り、行けるところまで行くだけだ」
家の裏では、完成したばかりの風呂が、今夜も湯気を上げている。
俺たちの異世界生活は、二か月目に入ったところである。




