第4話 変態紳士、公文書に載る
「支部長ーーーッ!! 支部長、来てくださいーーッ!!」
冒険者ギルドに響き渡るリタさんの絶叫に、奥から顔を出した職員は、気の毒そうにこう答えた。
「リタ、支部長は今週いっぱいコルン村の視察」
「肝心な時にいなーーーーいッ!!」
——絆値、測定不能。
前代未聞の騒ぎの中心で、俺たちパーティ《腐れ縁》は、とりあえず突っ立っていた。周囲の冒険者たちの視線が痛い。主に「誰だあいつら」の圧で。
「と、とにかく! 皆さんの実力を把握しないと依頼の斡旋もできません。加護と技能の鑑定を受けていただきます! ——おじいさん! 鑑定お願いします!」
受付の隣、小さな鑑定台の奥から、白髭の鑑定係の老人がのっそりと現れた。
「ほいほい。……ふむ、噂の四人組ですかな」
「もう噂!?」
「ギルドは狭いですじゃ。——では、順番に水晶へ手を」
鑑定台の水晶に、まず隼人が手を置いた。じいさんが覗き込む。
「ふむ……おお、加護持ちですな。——『剣が峰の加護』。危険が大きいほど、力が増しますじゃ」
「……おっ? おおっ? それ、まじで『一番強いやつ』じゃん! 神、仕事したな!」
「ただし、ですな」
じいさんは、淡々と続けた。
「危険がない時は、常人より弱い。……今のお前さん、そこらの荷運びの兄ちゃんより非力ですじゃ」
「は?」
「平和な時のお前さんは、この四人で一番の役立たずということですな」
「詐欺だろ!? 説明と違——いや、説明自体されてねえわ!!」
次、沙耶。
「——『他者の叡智』。必要な知恵が、天から降りてきますじゃ」
「え、何それ。……つまり私、天才ってこと? やった、天才ってことじゃない!」
「ただし、ですな。降りるのは『他人が必要とする知恵』だけ。自分のためには一文字も降りませんじゃ」
「私の得は!?」
「あと、口に出して唱えんと消えますな」
「賢い独り言の人じゃない、それ!」
「今までと大差ないでしょ」
「うるさいわね!?」
次、ひなた。
じいさんは水晶を覗き——首を傾げ、もう一度覗き、眼鏡を拭いてから三度目を覗いた。
神様は二度見だったが、じいさんは三度見だった。
「……妙ですじゃ。加護が、ほとんど見当たらん」
「え」
「注がれた跡はある。じゃが、器が……広すぎましてな。注いだそばから薄まって、消えてしもうとる。残っとるのは、底に沈んだ小さいのがひとつ——『おいしいものの方角が分かる』」
「————最強じゃん!!!」
「本人が一番喜んどる……」
ひなたは本気で拳を突き上げていた。きらきらした目で。よかったな。よくはないだろ。
「あの、それだけですか? こいつの器、規格外って話でしたけど」
「ふむ……ああ、鑑定書の隅に、何やら小さい字が」
じいさんが目を細めて読み上げた。
「『これは仮である。後日、改めて授ける。——サ』」
「サ、って」
「署名の途中で力尽きるな、神様」
「あの神、仕事は途中でやめるタイプでもあるらしいな」
最後に、俺の番が来た。
水晶に手を置く。じいさんが覗き込む。
じいさんが、沈黙した。
長い、長い沈黙だった。
「……じいさん?」
「…………これは、その、読み上げねばなりませんかな」
「何!? 何が出た!? まさか、禁断の力の類か——ふっ、ついに我が右腕の封印が」
「【変態紳士の加護】ですじゃ」
「——————」
ギルドが、静まり返った。
そして、爆発した。
「ぶっ」と最初に噴き出したのはリタさんだった。それを皮切りに、堪えていた冒険者たちの笑い声が、酒場の隅まで波打った。
「通った!? あの希望、通ったの!?」
「しかも正式名称でッ!?」
「ふ……ふふ……」
俺は、震えていた。歓喜で。
「フッ——見たか、お前ら! 神は、分かっておられる!! で、効果は!?ラッキースケベ——」
……声に出ていたが、本心なので撤回はしない。
「視線だけで、相手の『すべて』が分かりますじゃ。傷、毒、疲労、嘘、機嫌、敵意——戦いに使えば、看破と索敵の一級品ですな」
じいさんの言葉に、笑っていたギルドが少しだけ静まった。え、有能なの、という空気だった。
「……ただし、ですな」
「ただし?」
「『すべて』ですじゃ。相手が人であれば——その、紳士が知ってはならぬ数値や、下着の色まで。選り分けはできません。全部、流れ込んできますじゃ」
再び、静まり返るギルド。
今度は、一部の男どもが静かにどよめいた。
「————来た」
「圭吾、声に出てる」
「試してみますかな。ほれ、わしを視てみなされ」
言われるがまま、じいさんを正面から見た。瞬間、頭に言葉が流れ込んでくる。
「……じいさん。腰痛。あと昨晩、飲みすぎたな? それと下着は——見たくなかったが!? じじいの情報も強制なのか!?」
「見る情報は指定できませんじゃ」
「返品! この加護、一回返品!!」
「ちなみに、こそこそ盗み見ようとすると——ほれ、今わしの後ろに居るお前さん」
「なんで俺のことだよ!?」
隼人が反応する。
「——には、決して発動しませんじゃ。この加護の条件は『堂々とした変態であること』と『紳士の作法を守ること』の両立。隠れて見る手合いには、神は力を貸しませんな」
「なんで俺が隠れて見る前提なんだよ!!」
「隼人、日頃の行いよ」
つまり、だ。俺はこの力を使う限り、変態を公言し続けなければならない。堂々と。公衆の面前で。
「……ねえ、圭吾」
沙耶が、ゆっくりと、こちらを向いた。目が据わっていた。
「それ。私たちのことも、視えるの?」
「————」
俺は、すっ、と目を逸らした。
「視たわね!? 今この場で視たわね!?」
「不可抗力だがぁ!? 視界に入った瞬間、流れ込んでくるんだ!! 俺は悪くない!!」
叫びながら、俺は沙耶から目を逸らし——それが、二つ目の過ちだった。
逸らした視線の先。俺たちを見物していた冒険者たちが、まとめて視界に入った。
——ドワーフの戦士。二日酔い。下着は緑。
——槍使いの男。水虫。下着は穴あき。
——弓使いの女。肩こり。昨日、恋人と喧嘩。下着は……。
「うわあああああ!やめろ!! 入ってくるな!! 誰も頼んでない!!」
「け、圭吾?」
「知りたくない!! 俺は今、フォルテの冒険者の下着事情に誰よりも詳しい男になっている!!」
頭を抱えてうずくまる俺に、じいさんはのんびりと言った。
「ああ、最初はそうなりますな。慣れれば、視たいものだけに絞れますじゃ」
「先に言え!! その説明を先に!!」
「ちなみに慣れるまでは、人混みに出るたびにそうなりますじゃ」
「地獄か!?」
※名誉のために言っておくと、制御には数日で慣れた。俺の適応力の勝利である。何の名誉かは知らない。
俺は知ってしまった。口に出せば確実に死ぬ数値を、俺はもう知ってしまった。墓まで持っていく。紳士だからではない。死にたくないからだ。
「なお」
修羅場の横で、じいさんは事務的に続けた。
「加護は台帳と王国の記録に、正式名称のまま永久記載されますじゃ。訂正はできません」
「……永久」
「未来永劫、『【変態紳士の加護】の圭吾様』ですな」
「様をつけるな様を!! 余計に響きが酷くなるんだよ!!」
「よかったな、圭吾。歴史に名が残ったぞ」
「残り方ァッ!!」
——鑑定が終わると、俺たちは裏の訓練場に連れ出された。
「最後に、絆スキルの確認です。絆スキルは契約者ご本人にしか正体が分かりませんので、一度発動させてみましょう」
「どうやってですか?」
「そうですね……皆さんで向き合って、絆を、感じ合ってください」
俺たちは、円になって向き合った。沙耶が眼鏡の位置を直し、ひなたが眠そうな目をこすった。
言われるがままに、中央で手を重ねた。
「…………」
「…………」
気まずい。死ぬほど気まずい。
「……何も起きませんね。もっとこう、心を開いて」
「開いているが? 俺は常に全開だが?」
「あんたのは開きすぎて公文書に載ったのよ!!」
「掘り返すな!! 最悪なレッテルを掘り返すな!!」
まあ、欲しいと言ったのは他でもない、俺なんだが……。
「そもそも隼人が神様に『一人で四人分』とか抜かすから、ガチャが渋くなったんじゃないの?」
「は? 関係ないだろ。つーか『私だけ多め』の方がよっぽど浅ましかったろ」
「浅ましいって言った!? 効率って言いなさいよ効率って!」
「あたしは、みんなのせいだと思う」
「「「お前が言うな」」」
——ぶわり。
足元から、光が立ち上った。
「「「「!?」」」」
体が、軽い。視界が冴える。重ねてもいない声の呼吸が、なぜか分かる。
「——発動しとりますじゃ!!」
「え、今ので!? 今の何かありました!?」
そして、俺たち四人の頭の中に、同時に「それ」の名前が流れ込んできた。
【売り言葉に買い言葉】
「「「「ダッサ!?」」」」
「なぜだ!! 俺の三百候補が一件も採用されず、なぜそれが通る!!」
「ふ、ふふ……スキル名も、台帳に載ります……ふふふ」
「リタさんが壊れ始めてる」
効果は、単純だった。互いへの軽口と罵倒の応酬が続いている間、全員の身体能力が上がる。途切れると、切れる。
試しに全員で黙ってみた。すっ、と体が重くなった。悪口を再開した。軽くなった。
「…………つまり、あれか。俺たちは戦闘中、ずっと悪口を言い合わないと強くなれないのか」
「素敵な絆ですね……」
リタさんの目が、遠くの山脈を見ていた。
——その晩。俺たちはギルドの酒場の隅で、リタさんのツケという名の慈悲により、初めての飯にありついていた。
「ん〜〜〜っ!!」
ひなたが無言で三皿目を平らげていく横で、聞こえよがしのひそひそ声が飛び交っていた。
「あれが例の……測定不能の」
「罵り合うほど強くなるらしいぞ」
「【変態紳士の加護】……」
「最後のやつ俺の分だけ声がでかいんだよなあ!?」
「……ところで、このツケって今いくらになってるの」
「お食事の分で、銅貨五十五枚ですね」
「串焼き十八本」
「その換算やめなさい。胃に悪いから」
俺は咳払いをして、仲間たちを見回した。
「いいか、お前ら。悪目立ちはもう十分だ。明日からは目立たず、静かに、堅実に稼ぐ。いいな」
三人は、順番に俺を見た。
「無理だろ」
「無理でしょ」
「むりだねえ」
「お前らのせいでもあるが!?」
「あ、皆さん。明日の依頼、ちょうど良いのがありますよ」
リタさんが、依頼票をひらりと差し出した。
「——薬草採取です」
「「「「地味ッ!!」」」」
「文句を言わない! Fランクはここからです!」
こうして、パーティ《腐れ縁》の冒険者生活が始まった。
——公文書に、変態を刻みながら。




