第3話 パーティ名《腐れ縁》
異世界、二日目の朝。
俺たち四人は、冒険者ギルドの扉の前に立っていた。
——腹を、限界まで空かせて。
「昨日から、水しか飲んでない……」
「この俺が……野宿……路地裏で、樽を枕に、野宿……」
「圭吾、あんたは昨日『野営もまた冒険の醍醐味』って言ってたでしょ」
「醍醐味は一晩で味わい尽くした」
「ん……あと五分……」
「歩きながら寝るな。器用か」
金がない。飯もない。あるのは門番にもらった仮札が四枚と、三日という期限だけ。つまり、この扉の先に俺たちの生活の全てがかかっている。
「行くぞ、お前ら。——開けるからな」
ギルドの扉を、押し開けた。
朝のギルドは、戦場だった。
依頼の貼られた掲示板の前に群がる冒険者たち。剥がした依頼票を受付へ運ぶ者、仲間と地図を広げる者、朝から酒場で肉を齧る者。剣と鎧と喧騒の渦。
人間だけではない。犬耳の獣人が依頼票を睨み、ドワーフの一団が朝から景気よく乾杯し、隅の席では長耳のエルフが我関せずと茶を飲んでいる。種族の坩堝である。
そして、誰ひとり、俺たちを見ていなかった。
「……おかしい」
「何が」
「テンプレでは、ここで強面の先輩冒険者が『見ない顔だなあ?』と絡んでくるはずだがぁ……!?」
「あんたそれ、絡まれたかったの?」
「『新人いびり→実力で見返す』は様式美だろう!? おい誰か! 誰か俺に絡め!!」
「朝は皆さんお忙しいので……」
横から、苦笑まじりの声がした。
受付台の向こう。焦げ茶の髪をきっちり結った、制服姿の女性が立っていた。歳は俺たちと同じくらいだろうか。名札には「リタ」とある。
「ご新規の方ですね。ご登録ですか?」
——待ってほしい。
俺は、紳士である。淑女との初対面には、正式な作法というものがある。俺はカウンターの前で姿勢を正し、じっくりと、敬意をもって観察した。
きっちりと結い上げた焦げ茶の髪。一分の隙もない制服の襟。それでいて、ペンだこのある働き者の指——
「——お見事。結い目の高さ、うなじの角度、指先の勤勉。減点なしの、九十八点。俺は、あなたのような淑女を待っていた」
「はい、ご登録ですね。こちらに仮札はございますか?」
「流された!?」
営業スマイルは、一ミリも揺れなかった。プロだった。
「(初対面の受付に点数をつけるな)(減点の二点はどこなのよ)(おなかすいた)」
三方向から小声の圧を受けながら、俺たちは四枚の仮札を差し出した。リタさんは札を確認して、にこりと営業用の笑顔を作った。
「門からのご案内ですね、承りました。登録は無料です。こちらの台帳にお名前を——読み書きは大丈夫ですか?」
「問題ない。……ふっ、我が真名を刻む時が来たか」
「真名じゃなくて本名を書きなさいよ」
羽根ペンで、順番に名前を書いた。圭吾。隼人。沙耶。ひなた。
「けいご様、はやと様、さや様、ひなた様……珍しい響きですね。遠くのご出身ですか?」
「「「「はい、遠くの」」」」
「(なんだろう、この圧)……では皆さん、本日からFランク冒険者です。おめでとうございます」
ぱちぱち、とリタさんが小さく拍手してくれた。いい人だ。この職場でこの人だけは敵に回さないでおこう、と俺は心に決めた。
「あの、単刀直入に聞きます。私たち、今日から稼げますか」
沙耶が、テーブルに身を乗り出した。切実だった。
「Fランクですと、薬草採取や街の雑務からですね。報酬は一件で銅貨20枚から、良いものだと80枚ほどです」
「……例えば銅貨50枚……これって、どのくらいの価値です?」
「そうですね、露店の串焼きが銅貨3枚ですから——」
「串焼き十六本!」
ひなたが、目にも留まらぬ速さで換算した。
「食い物の暗算だけは速いなお前」
「一番安い宿が素泊まり銅貨30枚です。皆さん四人なら、二件も受ければ今夜は屋根の下ですよ」
「よし、じゃあ今日八件受けよう。串焼き百二十八本だ」
「隼人さん、依頼はそういう数え方をするものではないです」
リタさんのツッコミには、既に職業の慣れがあった。この人、多分こういう客に強い。
「四名ご一緒ですと、パーティ登録をおすすめします。受けられる依頼の幅が広がりますので。——パーティ名はお決まりですか?」
来た。
「待っていたッ!! その言葉を!!」
「圭吾、落ち着け」
「候補は三百ある。まず第一候補——《漆黒の黙示録》」
「はい次」
「第二候補、《終焉の四重奏》——」
「次」
「《深淵より来たりし者ども》」
「暗いのよ、全部!」
「ぐ……ならば方向性を変えよう。第八十七候補、《紳士同盟》——」
「あんた以外紳士じゃないでしょ」
「そもそも紳士がいない」
「ひなたまで!?」
リタさんは、営業用の笑顔のまま、羽根ペンを持って待っていた。目が少しだけ泳いでいた。二百八十まで数えたあたりで、沙耶が力尽きた。
「ああもう!! なんでもいいでしょ、名前なんて!! ……ほんっと、なんで私、こんな連中と。腐れ縁よね、私たち」
「では《腐れ縁》で登録いたしますね」
「「「「え」」」」
さらさらさら、と羽根ペンが走った。
「はい。パーティ《腐れ縁》、登録完了です」
「ちょっ、待って、今のは言葉のあやで」
「あいにく台帳は魔法の写本で、大陸中の支部に共有されてしまいまして。変更は次の昇級の時までできないんです」
「先に言ってよ!?」
「俺は別にいいけどな。合ってるし」
「あたしも。覚えやすい」
「俺の三百候補は!? 一件も掠りもせず!?」
こうして俺たちは、パーティ《腐れ縁》になった。……不本意なのは、主に俺だけらしかった。
「それでは最後に、絆契約を結んでいただきます。こちらへどうぞ」
リタさんに案内されたのは、ギルドの奥の小部屋だった。
中央に、腰の高さの石台。埋め込まれた乳白色の大きな結晶が、ほのかに内側から光っている。手前には、目盛りの刻まれた石板。
「絆晶盤です。この世界では——と言いますか、ご存知ですよね? パーティの力は、仲間との絆で決まります」
「「「「…………」」」」
「……ご存知、ないですか?」
「す、すみません、遠くの出身なもので」
「まあ! では簡単にご説明しますね」
リタさんは、胸の前で指を一本立てた。
「この世界では、仲間との絆と、自分の本性が力になります。絆契約を結んだパーティには『絆スキル』という特別な力が芽生えるんです。強いパーティとは、仲の良いパーティのこと。冒険者の常識です」
「……なあ、聞いたか隼人」
「聞いた。なあ、それって俺たち、致命的に不利じゃないか?」
「何か仰いました?」
「「いえ何も」」
「契約の方法は簡単です。皆さんで同時に結晶に手を置いて、『共に在る』と唱えてください」
「「「「…………」」」」
沈黙が、落ちた。
「……誰から言う?」
「せーので全員でしょ」
「え、声に出すの? それ。心の中じゃだめなのか」
「口に出すから契約なんです。……ふふ、皆さんそういう反応をなさいますよ。さ、どうぞ」
慣れた笑顔で急かされ、俺たちは渋々、結晶に手を置いた。ひんやりと冷たい。小柄なひなたは、少し背伸びをしていた。
「「「「…………ともにある」」」」
「小さい! もう一度、はっきりと!」
「「「「共に在るッ!!」」」」
やけくそだった。
——その瞬間。
結晶が、内側から強く輝いた。石板の目盛りが、下から光を灯しながら登っていく。
「はい、あの光が止まったところが皆さんの絆値です。組んだばかりのパーティですと、だいたい30くらいまで——」
30を、超えた。
「……あら」
40。50。
「え、ちょっと」
60。70。
「う、嘘。60超えは良好パーティの数字で、70なんてベテランでも——」
80。90。
「90超えは……え、英雄譚の、領域……」
リタさんの声が裏返り、ギルドの奥から職員が顔を出し始めた。目盛りの光は、止まらない。
そして——一番上に、届いた。
ビシリ、と結晶が音を立てた。
輝きが暴れるように明滅し、甲高い、悲鳴のような音が小部屋に響き渡る。目盛りの光が意味を失って点滅し——ふっ、と全てが消えた。
結晶は、何事もなかったかのように元の乳白色に戻っていた。
「…………そく、てい」
リタさんが、掠れた声で言った。
「測定……不能……」
しん、と静まり返る小部屋。扉の向こうから覗き込む職員たちのざわめきが、波のように広がっていく。
俺たち四人は、顔を見合わせた。
「……なあ、それバグってるんじゃないか」
「ば、ばぐ……?」
「気にしないで。こっちの言葉よ」
「……誰と誰の絆が?」
「俺たちの、らしいぞ」
「ないでしょ」
「「「「ないない」」」」
全員頭を振った。
「息ぴったりで否定なさらないでください!! ——し、支部長ーーーッ!! 支部長、来てくださいーーッ!!」
リタさんの絶叫がギルドに響き渡り——俺の腹が、盛大に鳴った。
……なあ。誰か、そろそろ飯の話をしないか。




