第38話 英雄、視線で台無し
コルン村、滞在最終日の夜は、宴だった。
畑は守られ、ネズミとは条約が結ばれ、丘の向こうの騒ぎも収まった。村としては、祝わない理由がない。広場に長机が並び、かまどが焚かれ、芋づくしの料理が湯気を上げる。
「ふかし芋、揚げ芋、芋の腸詰め、芋の酒……壮観ね」
「ん。てんごく、みつけた」
「ひなた、待て。宴は逃げない。まず村長さんの挨拶を——あ、もう食ってる」
台所係は、村のおばちゃんたちの間で、すでに三皿目に着手していた。あの食いっぷりは今夜も最強の宣伝であり、おばちゃんたちは競うように皿を運んでいる。
そして、宴の華といえば——俺たちの、あれである。
「ご婦人方!!今宵も、お集まりか!!」
「「「きゃー!!圭吾様ー!!」」」
おばあちゃんズ(平均年齢七十歳)の黄色い声援が、広場に響いた。
「本日は、宴の礼儀として、皆様を順に採点させていただこう!!まずそこの貴女!!その前掛けの染み抜きの丁寧さ、暮らしの誇りが見える、91点!!」
「あれまあ!!あれあれまあまあ!!」
「隣の貴女!!編み直した髪、孫の祝いの日と同じ結い方とお見受けする、93点!!」
「なんで分かるんだい!!怖いよこの子!!」
「怖がられながら大人気なの、どういう現象なのかしらね」
「ちなみにご婦人方!!本日の最高得点は96点!!該当者は——村長夫人!!五十年連れ添った“結い直しの櫛目”に、満点間近の年輪を認めた!!」
「あんれまあ!!おじいさん、聞いたかい!!」
「わしの妻に96点……嬉しいが複雑じゃのう……」
村長さんの顔が、誇りと困惑の間で揺れていた。すまない、村長。紳士の採点に忖度はないのだ。
「シニアの園に、変態の花が咲いとるのう……」
村長さんが、しみじみと言った。言い得て妙である。
ちなみに、若年層への営業は、今夜も事故だった。
酌に来てくれた村の娘さんが、俺の前にしゃがんだ、その瞬間である。視界に入った。加護が、仕事をした。
年齢。身長。体重。すり
「(言わぬ!!言わぬぞ!!墓まで!!)」
「あの、冒険者様?お注ぎしますね?」
「ご厚意に、感謝を」
俺は、明後日の方角の星を見ながら杯を差し出した。紳士とは、時に星を見る生き物である。
「?変な人……」
「変で正解なんです、その距離感で」
「沙耶、フォローなのかそれは」
なお隣の席では、隼人が村の若い衆に囲まれ、賭け芋剥き(芋の皮を長く剥いた者が勝ち)の胴元を始めていた。開始十分で場が熱狂し、二十分で村長さんに止められた。
「解せねえ。健全な娯楽だろ、芋剥き」
「賭けた時点で健全じゃないのよ。……で、テラ銭はいくら抜いたの」
「……銅貨40枚」
「没収。村の子供たちの菓子代にします」
「横暴だ!!」
俺たちの男たちは、今夜も通常運転である。
——宴もたけなわの頃。
俺は、広場の隅に、ぽつんと座る小柄な影を見つけた。
ヴィクである。皿は持っている。だが、輪には入らず、かまどの火を遠くから眺めていた。フードの奥の金の瞳に、宴の灯りが、ちらちらと映っている。
村人は、何度かヴィクを誘った。ヴィクはそのたび「僕は、いい」と首を振って、それでも帰りはせず、輪のいちばん外側の、その場所にいた。
入りたくないわけでは、ないのだ。たぶん。入り方が、分からないだけで。
俺が腰を上げかけた、その時。
先客がいた。
ひなたが、両手に皿を持って、ぽてぽてとヴィクの隣に歩いていき、何も言わずに、すとん、と座った。
「…………なんだ」
「ん。はい」
差し出された皿には、揚げ芋が山になっていた。てっぺんに、蜂蜜がかかっている。
「……僕は、いいって言った」
「これ、あまいよ」
ヴィクが、黙った。
「あまいのは、べつばら。……ヴィクの、ばら」
「な、なんだその理屈……」
理屈は、破綻していた。だがヴィクは、皿を受け取った。受け取ってしまったのである。甘味の引力は、警戒心より強い。
二人は、それきり何も喋らず、並んで芋を食った。ひなたは、もともと喋らない。ヴィクは、喋らなくていいことに、たぶん少しだけ、救われていた。
「(……いい眺めね)」
「(ああ。俺たちの台所係は、ああ見えて、輪の外にいる奴を見つけるのが一番早い)」
「(食いっぱぐれてる奴を見つける嗅覚、とも言うけどね)」
「(……身も蓋もないが、たぶん両方だ)」
——宴の終わり際、ちょっとした余興があった。
村の子供たちが、火を囲んで、歌い出したのである。
「むすんで、むすんで、なないろのいと」
「とけたらおしまい、よるのそこ」
例の、遊び歌だった。フォルテの教会で聞いた、あの数え歌。こんな離れた村でも、同じ節、同じ文句で歌われている。
「……この歌、ここでもか」
「古い歌じゃからのう。わしらの婆さまの、そのまた婆さまの頃からある。畑仕事の紐結びも、この歌で覚えるんじゃよ」
村長さんは、こともなげに言った。大陸のどこまで、この歌は根を張っているのだろう。
ふと、隣のヴィクを見た。
ヴィクは、芋の皿を膝に置いたまま、じっ、と歌に聞き入っていた。その横顔が、いつもの生意気でも、警戒でもない、初めて見る表情をしていた。
懐かしい、ような。痛い、ような。
「……どうした、我が眷属」
「“からまりしものは、といてはならぬ”」
ヴィクは、歌の文句を、小さく口の中で繰り返した。
「……この歌、僕の故郷にも、あるんだ。節は少し違うけど……同じ文句が」
「故郷にも?」
「ああ。……ばあやが、歌ってた」
それきり、ヴィクは口をつぐんだ。故郷。ばあや。初めてこぼれた、あいつの過去の欠片だった。詮索はしない主義なので、俺は「そうか」とだけ返した。
ただ、頭の隅で、何かがまた、小さく引っかかった。
フォルテの教会。コルン村。そして、ヴィクの故郷。同じ戒めの文句が、そんなに広く、歌い継がれている。まるで、大陸中の誰かが、忘れないように、忘れないようにと
「けーご」
「ん?」
「かんがえごとの、かお。おまつりのひは、きんし」
ひなたが、俺の皿に揚げ芋を積んだ。蜂蜜がけを、二個。
「……そうだな。今夜は、食うか」
考え事は、逃げない。芋は、冷める。優先順位は、明白だった。
——翌朝。荷車一台ぶんの芋(報酬)と、月茸三株と、村中の見送りを受けて、俺たちはコルン村を発った。
「圭吾様ー!!また来ておくれよー!!」
「必ずや!!ご婦人方、それまでその点数を維持されよ!!」
「維持って何よ、維持って」
帰り道、街道の途中で、ヴィクがぽつりと言った。
「……村って、ああいうものなのか」
「ああいうもの、とは」
「よそ者の僕にまで、芋を持たせる。素性も聞かずに。……僕の知ってる“人間の村”と、違う」
「お前の知ってる村は、どんなだ」
「怖がる。よそ者を。フードの下を、詮索する」
「まあ、そういう場所もあるだろうな。……で、コルン村は、どうだった」
ヴィクは、しばらく黙って歩いた。それから、荷物の中の(押し付けられた)芋を、ちらりと見た。
「…………芋は、うまかった」
「素直じゃない感想が出ました」
「べ、別にいいだろ!事実だ!」
夕暮れのフォルテの門で、いつもの門番さんが手を挙げた。
「おう、《腐れ縁》。村はどうだった」
「何も起きませんでした(土竜獣の親子との遭遇戦を除く)」
「だから括弧の中身が聞こえてるんだよなあ!!」
——家に帰ると、増築工事が始まっていた。
裏庭に資材が積まれ、ブロム棟梁の「ガッハッハ」が響いている。浴室の土台が、もう形になり始めていた。
「風呂……近づいてるわね……」
「月茸の銀貨6枚で、財布も息を吹き返した。諸君、風呂は近いぞ」
「「「「おおー!!」」」」
「(……こいつら、魔物より風呂で団結するんだな)」
監視者の報告書に、また書けない一日が増えた。




