第35話 指名依頼と芋の恩
「コルン村から、指名依頼です」
リタさんが差し出した依頼票には、見覚えのある村の名前と、拙い字の手紙が添えられていた。
『けいごさまへ。はたけが、また あらされて こまっています。こんどは ゴブリンでは ないようです。むらいちどうより。いも いっぱい つけます』
「芋いっぱい」
「ん。いく」
「即決したわね、私たちの台所」
コルン村。ゴブリン護送クエストの、あの村である。討伐依頼を討伐せずに解決した縁で、村のシニア層とはすっかり顔なじみだ。
「報酬は銅貨200枚と、副賞が“芋、いっぱい”。……微妙に読めない報酬ね」
「村の“いっぱい”を舐めるな。収穫期の農村の本気は、荷車で来るぞ」
出発の朝、玄関で、旅装のヴィクが仁王立ちしていた。
「……なんだ、その完全装備は。また来るのか」
「と、当然だろ。泊まりがけなんて、監視の空白ができる。……そ、それに」
「それに?」
「…………村って、僕は、あんまり、入ったことがない」
小さな声だった。旅の間、村を避けて野営してきた奴の声だった。人目と、フードの中身のせいだろう。
「言っておくが、コルン村の連中は詮索しないぞ。俺の変態にすら優しかった村だ」
「その基準はどうなんだ」
——街道を北西へ、徒歩半日。
道中は、平和そのものだった。ウルフが一度出たが、隼人が(名誉挽回とばかりに)瞬殺した。毛の生えた敵に対して、俺たちのエースは無敵である。
「見たかヴィク!今のが本来の俺!」
「……ミミズの日との落差が、ありすぎる」
「その話は封印だっつってんだろ!!」
コルン村に着くと、出迎えは大歓迎だった。
「おお、おお、圭吾様ご一行!!ようこそ、ようこそ!!」
「ご婦人方!!お久しゅう!!ふむ、その髪飾り、新調されたな?前のも良かったが、今のは目元の輝きに映える。88点から92点への昇格だ!」
「あらまあ!!あらあらまあまあ!!」
「きゃー、圭吾様ったら!!」
おばあちゃんズが、一斉に色めき立った。変態紳士、シニア層への営業力は今日も大陸最強である。
「相変わらず、じじばば衆のアイドルなのよね、あんた……」
「聞け、沙耶。紳士の観察眼は、年齢で精度を変えん。それだけの話だ」
「たまにいいこと言うのが、また腹立つのよ」
そして、おばあちゃんズの視線が、俺の後ろの小柄なフードに、ぴたりと止まった。
「……あれ、まあ」
「まあ、まあ、まあ!!」
「圭吾様、そちらの可愛らしい子は!?」
「ん?ああ、紹介しよう。これは我が眷属——」
「押しかけ女房かい!!」
「「「「ぶっ」」」」
「ちちち、違う!!僕は、そんなんじゃ……!!」
「あれまあ、照れちゃって!!別嬪さんの照れ隠しだよ、ありゃあ!!」
「べ、別嬪でもない!!フードを、勝手に、めくるな!!」
ヴィクは真っ赤になって俺の背中に隠れ、おばあちゃんズは大喜びし、俺は「女房ではなく眷属です」と訂正して回った。訂正のたびに、背中の眷属の膝が俺の膝裏に入った。
さて、本題である。
村長さんの案内で、被害の現場を見た。
芋畑が、三枚。掘り返されている。それも、ゴブリンの食い散らかしとは違う。畝に沿って、丁寧に、根こそぎ。まるで“収穫”のような荒らされ方だった。
「三日にいっぺん、夜のうちにやられるんじゃ。見張りを立てたら、その晩は来ん。……賢いんじゃよ、こやつら」
「足跡は……小さいな。獣の四つ足。それが、大量」
俺は、畑の縁の地面を正面から視た。加護が、匂いの残滓みたいな情報を拾う。
生体の痕跡: 多数。小型。土の匂い。移動方向: 北の丘。
「北の丘か。……ねえ、村長さん。あの丘の向こうって、何があります?」
「ん?岩場と、古い雑木林じゃなあ。ああ、それと、おかしなことに、最近、あの辺りの木の実が、やたら早う落ちるんじゃ。季節でもないのに」
「「「「…………」」」」
季節でもないのに。また出た、この手の“ちょっとした変”である。俺たちは目配せだけして、口には出さなかった。
「よし。夜襲対策だ。今夜、畑に張り込む」
「ん。いもばたけの、けいび。……やりがい、ある」
「お前の目当ては警備後の芋だろ」
——夜。
芋畑の脇の納屋に、俺たちは潜んだ。月明かり。虫の声。夜風に揺れる畝。
「(……来ないわね)」
「(まだ宵の口だ。奴らの襲撃は深夜だ。おい隼人、寝るな)」
「(張り込みって暇なんだよ……なあ、賭けやらね?何時に来るか)」
「(しないわよ)」
「(僕は、子の刻と見た)」
「(監視者サマは乗り気なのよね、こういう時)」
——そして、深夜。
ひなたが、ぴくり、と顔を上げた。
「……きた」
畑の縁の茂みが、さわさわと揺れた。月明かりの下に、ぞろぞろと現れたのは、尻尾の太い、ずんぐりした小さな獣の群れだった。前歯が大きく、手先が器用そうで、そして驚くほど、統率が取れていた。
見張り役が二匹、畝に沿って散開。掘り役が並んで芋を掘り、運び役が列を成して運ぶ。
「……なにあれ。可愛いんだけど」
「野盗ネズミ……いえ、あれは“ホリネズミ”ね。加護の知識が降りたわ。地中に巣を作る、賢い群れの獣。でも変よ。あの数の群れは、普通、深い森にしかいないはず」
「また“居るはずのない場所に居る”、か」
「けど、見なさいよ、あの手際。もう芋泥棒っていうか、収穫代行よ」
さて、どうするか。俺たちは納屋の中で、円陣を組んだ。
「作戦会議。相手は獣の群れ。討伐依頼じゃなく“畑を守れ”依頼だ。……つまり、またあの手が使える」
「ゴブリンの時の、アレね。“追い払うより、引っ越してもらう”」
「だが問題がある。ネズミは言葉が通じん。パンで釣って、はいさようなら、とはいかん」
「ん。だいじょうぶ」
ひなたが、静かに立ち上がった。
「あのこたちが“ほんとうにほしいもの”、わかるから」
「加護か?……いや、お前の加護は“お前にとって一番いいもの”を探すんじゃ」
「ちがうよ。おなかがすいてるこの目は、みればわかるの」
ひなたは、納屋の隅の芋の山から、ふかし芋(村のおばあちゃんの差し入れ)をひとつ取り、畑の真ん中へ、ぽてぽてと歩いて行った。
群れが、一斉に動きを止めた。見張りが、ちちっ、と警戒の声を上げる。
ひなたは、畝の間にしゃがみ、ふかし芋を置いて、自分も一口食べて見せた。
「……おいしいよ」
月明かりの下、少女とネズミの群れは、しばらく見つめ合った。
やがて、一番大きな一匹が、とてとてと歩み出て、ふかし芋を、ちん、と齧った。
「「「「…………」」」」
「(……なんか、始まったわよ)」
「(俺たちの最終兵器、たまに聖女になるのよな)」
(なお、聖女は後に「はんぶんこ、した」と誇らしげに語った。差し入れを、である)
——翌朝。ひなたの“会談”の結果が、村長さんに報告された。
要点は三つ。群れは腹を空かせている。元の住処では、食い物が急に採れなくなったらしい。そして、芋の味を覚えてしまったので、もう畑は諦められない。
「……つまり、あれじゃな。あの衆も、困っとる、と」
「で、提案なんですけどね、村長さん」
沙耶が、帳面を開いた。ここからは、俺たちの経理の独壇場だった。
「あの群れ、掘る力は本物です。なら、“雇いましょう”。村はずれに餌場を作って、屑芋と規格外を毎日そこへ。代わりに畑は掘らせない。それと、あの子たちの掘った穴、モグラ除けと水はけに使えます。害獣を、労働力に変えるんです」
「餌代はかかりますがの……?」
「畑三枚の被害額と比べてください」
俺も、横から口を挟んだ。
「それに“ネズミが居着く畑は土が肥える”って、うちの知識係も言ってます」
「言った覚えはないけど、今降りたわ。事実よ」
「加護の連携が完璧なのよ」
村の寄り合いは、半日揉めて、結局、経理の帳尻に軍配が上がった。
こうして、コルン村と丘のネズミたちの間に、餌場条約が成立した。ひなたが立会人である。
「これで、依頼は解決……なんだけど」
夕方、俺は北の丘を見上げた。
木の実が季節外れに落ちる雑木林。棲み処を追われた群れ。……胸の奥で、また何かが、小さくざわついた。
「なあ。明日、少しだけ、丘の向こうを見に行かないか」
「……そう言うと思って、村長さんに一泊延長を伝えといたわ」
「話が早いな、経理」
「ん。おべんとう、つくる」
「だから遠足じゃないんだよなあ」
その晩は、村を挙げての芋づくしの宴だった。副賞の“芋いっぱい”は、予想通り荷車単位であることが判明し、俺たちの台所係が、月に向かって拳を突き上げた。
明日は、丘の向こう。……嫌な予感が、しなくもない。




