第28話 弱点、また見当たらず
転移罠の分断から合流を果たした俺たちは、改めて隊列を組み直した。
先頭、隼人。しんがり、ひなた。真ん中に俺と沙耶。俺の頭の中には逃げ回りながら組み上げた四層の地図があり、行く手の気配は加護が視る。道案内は、任せてもらおう。
「ひなた、弾の点呼」
「ん。ぜんぶ集めた。ざんだん、さん」
「三発か。……大事に使うぞ。撃っていいのは、俺か沙耶が“今だ”と言った時だけだ」
「ん。……たべるのは?」
「非常食にするな。あれは弾薬だ」
「はんぶん、ひじょうしょく」
「弾が減る未来しか見えないのよ、その配分」
「で、参謀。最下層への道は」
「……それが、だ」
四層から下への階段は、地図のどこにもなかった。崩れたか、隠されたか。行き止まりの度に引き返す時間は、ない。
「ひなた。“逆”の出番だ」
「ぎゃく?」
「お前の加護は“一番おいしいもの”の方角が分かる。なら、一番“まずそうなもの”は、分かるか」
ひなたは、きょとんとして、それから、すん、と加護を利かせた。
小さな眉間に、みるみる皺が寄っていく。
「…………わかる。やだ。すっごく、“まずそうなの”が、した。ずっと、した」
「それが主だ。……道案内は、まずい方へ」
「……なるほど、理屈は通ってるわ。ひなたの加護は、世界の魔素を“食べる”加護。なら、腐った魔素の匂いにだけは、誰より敏感なはずよ。淀みは、あの子にとって“腐った飯”なの」
「加護の使い方としては完全に間違ってるのよね、それでも」
「俺たちの探知は餌付けと拒否反応で出来てるからな」
まずそうな方、まずそうな方へと降りていくと、崩れた壁の裏に、隠れた螺旋階段があった。ひなたは階段を覗き込んで、この世の終わりの顔をした。
「……ここ、くさい。まずいにおいの、かたまり」
「感想が生々しいんだよ」
——最下層は、空洞だった。
天井の見えない、巨大な縦穴の底。壁は黒く濡れて、床には淀みが霧のように渦を巻いている。そして、空洞の中心の、遥か頭上、縦穴のはるか先に、針の穴ほどの小さな光が見えた。地上だ。この縦穴が、魔素の噴出孔、つまり迷宮の“煙突”だったらしい。
「……いたぞ」
空洞の奥に、それは、いた。
山だと思った。違う。甲羅だった。岩を積み上げたような巨大な甲羅の主。おそらくは、この迷宮を千年守ってきた、亀に似た何かだ。
ただし、その全身は、黒いもやに覆われていた。淀みが、生き物の形に絡みついて、蠢いている。
主が、緩慢に、こちらを向いた。
眼窩に、光はなかった。
「視る」
俺は、正面から、全力で視た。加護が、走る。
健康状態: “該当なし”。
機嫌: “最悪”。
弱点: 見当たらず。
「……おい。ボアの主の時と、まったく同じ文言が出たぞ。健康状態だけ“該当なし”だ」
「該当なし、って」
「生き物じゃない、ってことだろ。……ヴィクの言った通りだ。あれはもう、死んでる。死んでるのに、動いてる」
「「「「…………」」」」
ご、と主が、一歩を踏んだ。空洞全体が揺れ、天井から砂が降る。
「作戦会議!早口で!」
「言うまでもない!隼人、調子は!」
隼人は、剣を抜いた。その顔が、見たこともないくらい、輝いていた。
「更新した。今、“人生で一番”だ」
「俺たちの危険度計が、過去最高値を叩き出したぞ!!つまり今日は人生最悪の日だ!!」
「行くぜェェ!!」
開戦した。
隼人が、跳んだ。過去最高の加護を乗せた斬撃が、甲羅の継ぎ目に、深々と入る——
入った傷口を、黒いもやが、ずるりと埋めた。
「は?」
「傷が、塞がった!?」
「違う!!視えたぞ!!“塞いだ”んだ、淀みが!!あれは鎧だ!!本体の傷を、もやが埋め続けてる!!」
「つまり!?」
「削っても、無駄だ!!」
主の前脚が、薙いだ。岩の柱みたいな一撃が、床を割りながら走ってくる。
「「「「散れェェ!!」」」」
四人が四方に跳んだ。破片が背中を叩く。巻き込まれ確定、問答無用の“非常時”である。ならば、やることはひとつだ。
「沙耶ァ!!開戦だ!!口を回せ!!」
「言われなくても!!ちょっと、あんたの誘導で通った道、行き止まりだったじゃないの!!参謀の名が泣くわよ!!」
「あれは地図に嘘があった!!俺は悪くない!!右だ右!!尻尾が来る!!」
「どっちの右よォォ!!」
「お前から見て右だ!!学習したんだ俺は!!」
罵倒が回る。バフが乗る。四人の足が、羽根になる。
主の猛攻を、俺たちは走って、転がって、罵り合ってやり過ごした。
「ならば、これはどうだ!!往け、我が眷属≪従属せし黒≫よ!!巨影の足元を舐めろ!!」
主の影が、ぴくり、と動いた。
主は、足元を見なかった。眼窩に光のない者に、こけおどしは通じない。
「効かん!!俺の心理戦が効かん!!」
「相手は目が見えてないのよ!!影芸の客層じゃないの!!」
「観客を選ぶ芸なんだよ、あんたのは!!」
「ん。まずそうなの、おこってる」
「知ってる!!さっきからずっとだ!!」
だが、決定打が、ない。
「黒パン!!」
「ん。ざんだん、に!」
ゴッ!!と、眼窩に直撃。主が、初めてわずかに怯んだ。効いてはいる。効いてはいるが、もやがすぐに埋める。
「ひなたの“一発”があれば……!」
「無い物ねだりはやめなさい!!弾は昨日の本波で使ったの!!それに」
沙耶が、走りながら天井を指した。
「撃ったらこの空洞ごと崩れるわよ!!議事録の太字、忘れたの!?“大砲は屋外専用”!!」
「ここが屋外なら良かったんだがなァ!!」
戦況は、膠着した。向こうは削れない。こちらは、当たれば死ぬ。だが罵倒バフの続く限り、当たりもしない。地獄の鬼ごっこである。
「そういえば沙耶ァ!!走りながらで悪いが、俺たちの家計は今どうなってる!!」
「なんで今聞くのよ!!銀貨13枚と銅貨10枚!!昨日の発射でひなたの食費が特別報酬の前借りに乗ったから、実質もっと下!!」
「つまり!!」
「生きて帰って稼ぐしかないのよ!!死ぬのは赤字!!」
「経理の激励が世知辛い!!だが効く!!」
実際、効いていた。罵倒と実況と家計簿。俺たちの絆スキルの燃料は、今日も生活感に満ちている。
「はっ、はっ……なあ!これ、どっちが先にへばるかの勝負になってないか!?」
「向こうは死んでるから、へばらないのよ!!」
「最悪の耐久戦だな!?」
——その時だった。
主が、大きく身を反らした。胸の甲羅が軋み、喉の奥に、赤黒い光が溜まっていく。
「来るぞ!何かでかいの、来る!!」
「総員、物陰ェェ!!」
主が——咆えた。
腹の底を殴る、あの咆哮。地上まで届いていた、あの音。至近で浴びると、音というより衝撃だった。岩陰にへばりつく俺たちの頭上を、赤黒い魔素の奔流が薙いでいく。
そして。
その瞬間、俺の眼は、視た。
咆哮のために大きく開いた、主の口。その奥の奥。黒いもやの渦の、中心。
小さな、結び目みたいな“芯”が、あった。
淀みの黒とは違う。もっと嫌な、粘つく色をした、小さな塊。もやの全部が、あそこから糸を引いて広がっている。
「視えた」
咆哮が止む。俺は、岩陰から叫んだ。
「あいつの“中心”だ!!口の奥に、芯がある!!もやの糸が、全部あそこから出てる!!」
「口の奥って……咆える時しか、開かないじゃないの!!」
「ああ!!しかも次にいつ咆えるかは」
「分からない、と」
「「「「…………」」」」
主が、体勢を立て直して、再びこちらを向く。眼窩の虚が、俺たちを捉える。
打つ手は、視えた。届く手が、ない。
「……なあ、圭吾」
岩陰で、隼人が、にやりと笑った。こういう時に笑うのが、こいつである。
「咆えさせりゃ、いいんだろ?なら簡単じゃん」
「簡単?どうやって」
「決まってんだろ」
隼人は、親指で、俺たち全員を指した。
「——世界で一番、口の悪い連中に、任せろって」




