第21話 お手本と地獄の混成部隊
翌朝。フォルテ迷宮の入り口に、調査隊が集結した。
隊長はヘクトルさん。主力は、Cランクの《暁の誓約》と、Dランクの俺たち《腐れ縁》。他に地元のパーティが二組。任務は、立ち入り制限中の三層に入り、魔素の噴出源に関する手掛かりを持ち帰ること。
「よろしくお願いします、圭吾さん!また一緒に戦えるなんて」
「ふっ……光の御子よ、再会を寿ごう。汝の白刃と我が漆黒、二つの理が交わる時——迷宮の闇は道を開ける」
「!なんだか格好いい挨拶ですね!僕も覚えます!」
「やめてくださいシリルさん、感染るので」
「シリルさん。相変わらず爽やかですね、こんな朝から——って言いたいのよ、彼は」
「通訳が板についてきたな、沙耶」
「誰のせいよ」
「言っておくが、貴様ら」
ヘクトルさんが、狼の耳をぴんと立てて振り返った。
「今日は“調査”だ。昨日のような騒ぎは起こすな。特に——静かに、だ。いいな、静かに」
「「「「はい」」」」
「その返事が一番信用ならん」
「教官、私たちのこと分かってきましたね」
「分かりたくなかったがな!!」
出発前の点呼で、地元の二パーティとも初顔合わせになった。斧使いの兄弟パーティ《岩割り》と、弓の三人組《渡り鴉》。どちらもフォルテ生え抜きの、手堅い中堅である。
「あんたらが“例の”か。……道中、よろしくな。あんまり驚かせんでくれよ」
「善処します」
「善処かあ」
信用は、まだない。まあ、これから稼げばいい。
——三層は、一層二層とは空気が違った。
通路は広く、天井は高く、そして魔素が濃い。俺の加護は、もう数値を読むのをやめて「濃い」としか言わなくなっていた。湧く魔物も、コボルトからオークに格上げである。
そして、判明したことがある。
《暁の誓約》と《腐れ縁》は——絶望的に、連携が噛み合わなかった。
「隊列を組んで!型の三番で受けます!」
「よし全員散れ!!逃げながら罵れ!!」
「「「「どっち!?」」」」
シリルさんの美しい指示と、俺たちの汚い戦術が、正面衝突した。型を組もうとする暁の隊列の間を、逃げ回る俺と沙耶が横切り、罵倒が飛び交い、ミアさんの詠唱が「うるさくて」途切れる。
「す、すみません!集中が!」
「そっちこそ整列が邪魔で逃げ道がないのよ!!」
「待て待て待て!止まれ全員!!」
ヘクトルさんの怒号で、いったん全軍停止。オークの群れを前に、緊急会議である。
「貴様らの流儀は、混ぜるな危険だ。……分ける。役割を、完全に分ける」
ヘクトルさんの采配は、シンプルだった。
《暁の誓約》は“壁”。正面を型で受け止める。
《腐れ縁》は“風”。壁の外側を走り回って自分たちに罵倒バフを回し、こぼれた敵を黒パンと強化された隼人で始末する。
「壁と、風……いや、待ってください隊長。それでは芸がない」
「なんだと」
「どうせなら——“光と、闇”と呼びましょう。正しき光の壁と、混沌の闇の風。二つが揃う時、迷宮は落ちる」
「呼ばん」
「即答!?」
「壁と、風……」
「つまり、正しい絆が守って、汚い絆が引っ掻き回す、と」
「ふっ……悪くない。名付けて“漆黒の——”」
「「作戦名はいらない(です)」」
沙耶とシリルさんの声が、初めて完璧に揃った。
最初の実戦は、三層の大広間だった。オークが八、通路の奥から雪崩れてくる。
「壁、構えェ!!」
暁の四人が、盾を軸にぴたりと組み上がる。オークの突進が、鋼の壁に受け止められて軋んだ。
「今よ、走るわよ変態!!」
「言われずとも!ほら壁の皆さん、脇腹ががら空きだ、しっかり頼む!!」
「「「うるさいのに、なぜか調子が出る!?」」」
壁の外周を、俺と沙耶が罵り合いながら旋回する。バフの光は、契約した俺たち四人にしか乗らない——が、強化された隼人の剣は倍速になり、黒パンがオークの眉間で鈍い音を立て、こぼれた敵は壁に届く前に消えていく。
「なんて汚い……なんて汚い連携だ……素晴らしい!!」
「シリルさん、褒め方それでいいんですか!?」
二戦目の広間では、俺の闇魔法も火を噴いた。正確には、噴いていない。
「往け!我が眷属——≪従属せし黒≫よ、敵の足元を舐めろ!!」
オークの影が、ぴくり、と動いた。オークが、なんとなく足元を見た。その一瞬の隙に、隼人の剣が入った。
「見たか!!今のは俺の勝機だ!!」
「今の、影が動いただけよね?」
「敵の意識を一瞬奪った!戦術的勝利だ!!」
「まあ、実際隙はできてたけどさあ……納得いかねえなあ……」
零点の出力にも、使い道はあるのである。主に、心理戦という名のこけおどしだが。
——結論。壁と風は、驚くほど機能した。
暁の型がオークを受け止め、俺たちの罵倒が俺たち四人を強化し、隙間から隼人が刈り取る。三層の広間ふたつを、無傷で制圧した。
「すごい……すごいですよ皆さん!なんだか、いつもより体が動く気がします!皆さんの“声”のおかげでしょうか!」
「ミアさん。それ、罵倒ですよ。私たちの」
「罵……いえ、その、元気なお声が!」
ミアさんが必死に言い換えた。善人は今日も善人だった。
そして——収穫は、戦果だけではなかった。
「沙耶。例のやつを頼む」
「はいはい。……“そよ風”の出番ね」
三層最奥の下り階段。その前で、沙耶が詠唱した。教本通りの、完璧な詠唱。出てくるのは、いつもの、微風にも満たないそよ風——
だが、それでいい。
「風が……流されてる。ほら、見て。私のそよ風が、階段から噴き上がる魔素に“押し返されてる”」
そよ風は、弱い。弱いからこそ、魔素のわずかな流れで、目に見えて曲がる。沙耶のそよ風は、この迷宮で唯一の“魔素の風見鶏”だった。
俺は、階段の下り口を覗き込んだ。
「計測魔道具は濃度で壊れたのに、そよ風は壊れないのか」
「弱すぎて計器より正確って、褒められてるのかしら、これ」
「褒めてます!すごい発想です沙耶さん!」
「ミアさんに褒められると調子が狂うのよ!!」
ミアさんが、俺と沙耶を見比べて笑った。
「ふふ。お二人、仲良しですね!」
「「どこがですか(よ)!!」」
沙耶のそよ風観測の結果、噴出源は四層よりさらに下——おそらく最下層。そして噴出の“圧”は、昨日より明確に強くなっていた。
「……悪化してる、ってことですか」
「ああ。それも、速い」
ヘクトルさんの表情が険しくなった、その時。俺の加護が、階段の陰に“それ”を見つけた。
「——おい。これを見てくれ」
石壁の窪みに、小さな焚き火の跡。畳まれた薄い毛布。そして、齧りかけの硬そうなパン。
「野営の跡……こんな三層で?正気じゃないわ」
「例の、フードか」
ヘクトルさんの問いに、俺は頷いた。焚き火の組み方は手慣れていて、ルート取りは魔物の巣を的確に避けている。単独で、この魔境で、生き延びる技術がある。
——だが。
「パンが、齧りかけで残ってる。あいつ、食料が尽きかけてるんだ」
「なんで分かるのよ」
「俺たちには食料の専門家がいる。……なあ、ひなた」
ひなたは、齧りかけのパンをじっと見て、こくりと頷いた。
「かたいパン、最後まで食べないのは——もったいないから。のこしておいて、また齧るの」
「配給生活の齧り方だ、それは」
「……なあ、ひなた。もし会ったらさ、分けてやれよ。お前の黒パン」
「ん。——でも、くろパンはかたいから、はじめてのひとには、しろパンがいい」
「食のプロの見解が出たわね」
ひなたは大真面目な顔で頷いて、自分の袋の白パンを一個、別の布に包み直した。誰にやるつもりなのかは、聞くまでもなかった。
読めない奴。手練れの野営。尽きかけた食料。そして、昨日より強くなる魔素の圧の中に、あいつは今も一人でいる。
「……隊長。四層への追加調査は」
「明日以降だ。王都から応援のBランクが来る。それまで、これより下は禁止だ。——全員、撤収!」
命令は、絶対である。俺たちは三層を後にした。
ただ、階段を上りながら、俺は一度だけ振り返った。
暗闇の奥。魔素の風が、下から吹き上げてくる。
……あの生意気なフードは、今夜、何を齧るのだろうか。
白パンの包みは、ひなたの袋の中で、出番を待っている。




