↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/172

第19話 北の話はお静かに

その晩、ギルドの酒場に、吟遊詩人が来た。


流れの詩人が街に立ち寄ると、酒場は演奏会になる。今夜の客は、竪琴を抱えた初老の男だった。旅の歌、英雄の歌、恋の歌——一曲ごとに銅貨が飛び、エールが空く。


まず、俺がリクエストを出して、丁重に却下された。


「詩人よ。“深淵”をテーマにした曲は、あるか」


「ないですねえ」


「では“封印されし右腕”の——」


「ないですねえ」


「取り扱いがないだと……!?大陸の音楽業界は何をやっている!?」


「需要と供給ですねえ」


詩人は大人だった。


代わりに酒場が沸いたのは、英雄の歌だった。百年前の剣聖がドラゴンを討つ、勇壮な物語詩。手拍子が、床板を鳴らした。


「いいなあ、英雄譚。……なあ、俺たちの歌って、いつか出来ると思う?」


「出来るとしたら、どんな歌になるのよ。“罵り合えば力が湧くよ”?」


「“パンを投げれば猪が転ぶ”」


「“はらぺこ娘が森を消す”」


「……童謡だな、それは。英雄譚ですらない」


「事実の羅列なんだけどねえ」


そして、夜も更けた頃。誰かが、リクエストを叫んだ。


「おやっさん!“北の歌”をやってくれ!」


酒場が、少しだけ静かになった。北の歌。つまり、魔族の歌である。


詩人は苦笑して、竪琴を構え直した。


「……いいでしょう。ただし、古い歌ですよ」


低い旋律が、始まった。


——曰く。北の果て、山脈の向こうには、角持つ民の国がある。


——彼らは魔の力に長け、長い齢を生き、かつて人と、大きな戦をした。


——そして戦は誰も勝たぬまま終わり、以来、北の山を越える者はない。


「……なあ、リタさん」


演奏の合間に、俺は近くで洗い物をしていたリタさんを捕まえた。


「魔族って、実在するんですよね」


「しますよ。会ったことのある人は、ほとんどいませんけど」


リタさんは、グラスを拭きながら、声を少し落とした。


「北の魔領に住んでいて、角があって、魔力がすごく強い長命の種族——というのが、教わる知識ですね。大昔に大戦があって、今は休戦中。国交はなし。それだけ聞くと怖い話ですけど……」


「けど?」


「ギルドの記録だと、ここ何十年、魔族との衝突なんて数えるほどなんです。むしろ“魔族を見た”って報告のほとんどが、見間違い。……なのに、皆さん、怖がるんですよねえ」


「見たことがないから、怖い、と」


「そういうものですよ」


近くの席で聞いていたシリルさんが、静かにグラスを置いた。今夜は暁の面々も、隅の席で杯を傾けていたのである。


「……僕は、会って話してみたいですけどね。魔族の方と」


「シリルさん?」


「騎士の家の教えなんです。“剣を抜くのは、相手の言葉を全部聞いてから”。会ったこともない相手に剣を向けるのは、その、順番が違うので」


「眩しっ」


「正論が眩しいわ……」


ミアさんがにこにこと頷き、斥候のニナと大盾のボルグも、静かに杯を掲げた。この一団、酒場でも正しかった。


——なるほど。この世界の魔族観が、だいたい分かった。


角。魔力。長命。北の魔領。大戦と休戦。そして——実際に会った者は、ほとんどいない。


「フ……フフ……」


「あ。圭吾が変なスイッチ入った」


「聞いたか、お前ら。角持つ魔の民、閉ざされた北の国……!会ってみたいと思わないか?俺は思う!大いに思う!!」


「出た出た」


「だってそうだろう!大戦の真実、閉ざされた国、そして角だぞ、角!浪漫の塊だろう!!」


俺の熱弁に、しかし、周りの席から苦い声が飛んだ。


「兄ちゃん、よしなよ。魔族に会いたいなんて」


酔った中年の冒険者だった。悪意というより、本気の忠告の顔をしていた。


「魔族ってのはな、おっかねえんだよ。俺の祖父さんの代には、北の村がひとつ、一晩で消えたって話だ」


凄まれて、俺の背筋は素直に縮んだ。


「ヒッ……す、すみません……」


「びびるなら言うなよ!?」


だが。びびりながらも、聞くべきことは聞く。それが紳士である。俺は涙目のまま、口を開いた。


「それ、本当に魔族の仕業だったんです?」


「知らねえよ。だけど、みんなそう言ってる」


「…………」


みんなそう言ってる。それが、この世界の“常識”の作られ方らしかった。


俺たちは、顔を見合わせた。俺たち四人は、この世界の生まれではない。だから、この染み付いた怖さを、共有していない。角と聞いても、魔力と聞いても、「へえ、すごいな」としか思えないのだ。


「……ま、会ったこともない相手を怖がるのは、損な性分だよな」


「隼人にしては、まともなこと言うじゃない」


「会ったことねえやつの悪口で盛り上がっても、一銭にもならねえし」


「基準はそこなのね」


「ん。——おいしいものを、いっぱい持ってる人かもしれないし」


「ひなたの基準もぶれないな」


「というかだな、お前ら。よく考えてみろ」


俺は、エールのジョッキを掲げて、声を落とした。


「“角があって、魔力が強くて、長命”。……この情報だけで怖がれというのが、そもそも無理な話だ。俺に言わせれば、それは——」


「それは?」


「“かっこいい”の三要素だが?」


「出た。あんたの基準」


「いやいや、聞け。角だぞ?生えてるんだぞ、頭から?魔力は強く、齢は千年。おまけに閉ざされた北の国ときた。……これで胸が躍らん奴は、少年の心を落とした場所に戻って拾ってこい」


「あんたの少年の心は暴走機関車なのよ」


「ま、圭吾の言い方はともかく——怖がる前に会ってみたい、ってのは、俺も分かるけどな」


「隼人まで。……はあ。私たちの男子はこれだから」


沙耶はそう言って呆れたが、その口元が少し笑っていたのを、俺の観察眼は見逃していない。


——演奏が終わり、客がまばらになった頃。


カウンターで、グスタフさんが一人で飲んでいた。俺は、なんとなく隣に座った。


「支部長。さっきの歌、聞いてました?」


「ん?ああ。……北の歌か」


グスタフさんは、ジョッキを傾けて、少し遠い目をした。


「若い頃、王都の遠征で、山脈の麓まで行ったことがある。……国境の岩山に、でかい石碑が立っててな。人の文字と、見たこともない文字で、同じ文が彫ってあった」


「なんて?」


「“これより先、互いに踏み越えぬこと”。——それだけだ。署名も、国の印もない。ただ、双方の文字で、同じ約束だけが彫ってある」


「……へえ」


「妙な話だろ。憎み合って別れた奴らが、律儀に同じ石碑を彫るか?……俺はあれを見てから、魔族ってのが、よく分からなくなった」


グスタフさんは、それきり歌の話をやめて、明日の調査隊の段取りの話を始めた。


——宿への帰り道。


夜の路地を歩きながら、俺は、北の空を見上げた。山脈は闇に溶けて見えないが、あの向こうに、角持つ民の国がある。


「なあ、圭吾。ほんとに行きたいのか、魔領」


「ああ。いつか、な」


「怖くないの?」


「怖い、の中身によるな。——“みんながそう言ってる”は、俺の中では理由にならん」


「……ふうん。ま、あんたのそういうとこは、嫌いじゃないわよ」


「三百三十六件目、素直か?」


「数えるな!!今のは違うでしょ!!」


笑い合って、角を曲がった——その時。


路地の先の屋根の上を、小柄な影が、音もなく駆け抜けていった。


フードの端から、一瞬、紫。


「……また、あいつだ」


影は屋根の稜線で一度止まり、月を背に、こちらを見下ろした——気がした。距離があって、表情は見えない。ただ、フードの奥の視線が、確かに俺たちの上を通った。


「知り合い?」


「知り合い……になりかけの、何かだ」


「何よそれ」


俺が手を挙げかけた時には、影はもう、次の屋根へ跳んでいた。夜の街に、軽い足音だけが残った。


北の歌の夜に、北から来た(かもしれない)誰かが、屋根の上を走っていく。


世界の底が、ざわざわしている。行商のおっちゃんの言葉が、また、頭の隅で鳴った。


——翌朝。ギルドから、招集が来た。


『フォルテ迷宮・調査協力の要請。《腐れ縁》は明朝より、一層・二層の予備調査を担当のこと』


「危険度・中の調査、再びってわけね。……ま、今度は下見済みよ」


「ん。おべんとう、つくる」


「遠足じゃないんだよなあ」


いよいよ、迷宮である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。