第167話 魔王という役職
名乗りの翌朝から、質問期間が始まった。
半年分の「聞かなかったこと」を、聞いていい期間である。ヴィクトリア本人が「なんでも聞け。今なら全部答える。期間限定だ」と宣言したので、朝飯の席は、さながら記者会見になった。
「では、僭越ながら一問目!!————魔王とは、何だ!?伝承の“村を消す恐怖の王”と、実物の乖離について、説明を求む!!」
「よくぞ聞いた。……“魔王”はな、役職名だ」
「役職」
「夜の民の長と、見張りの塔の番人の、兼任職。それだけだ。国で言えば、王様と、国境警備隊長を、一人でやってる。……“魔”の字は、南の人間が勝手に付けた。夜の民の王だから、魔王。それだけの話だ」
「じゃあ、村を消すってのは」
「五百年前の、戦の時代の話の、尾ひれだ。当時の魔王が、侵略してきた軍を一晩で追い返した。それが“村を消した”に化けて、南に伝わった。……ちなみに追い返しただけで、消してない。記録が、塔の書庫にある」
「歴史の答え合わせが、書庫一階分あるのよね……」
「二問目!!夜の民の税制と、通貨と、決算期を教えなさい!!」
「ぜ、税はない。物々交換と、当番制で回ってる。通貨は、南との取引の時だけ」
「税が、ない……理想郷……いえ、でも帳簿の立場からすると、記録はどうなって……当番の不公平は誰が監査を……」
「経理が感動と職業病の間で引き裂かれてるぞ」
「三問目。————魔王家に、正式な名乗りの口上は、あるか」
「あるが、教えない」
「なぜだ!!」
「お前が確実に、朝の挨拶に組み込むからだ」
「くっ……読まれている……!!」
先生の生徒理解は、完璧である。
質問は、続いた。
「じゃあさ、魔王の家の暮らしって、どんなだ?城で贅沢三昧か?」
「見ただろ、この塔が城だ。贅沢の要素があったか?」
「なかったな……階段が三百六十段あるだけの、質素な塔だ」
「暮らしは、里の皆と同じだ。冬支度をして、歌をうたって、保存食を仕込む。違うのは————代々、見張りの当番があることと」
ヴィクトリアは、そこで、少し、声の調子を変えた。
「————“合い鍵”の血筋だってことだけだ」
「合い鍵?」
「夜門も、塔の膜も、大灯も、全部、私の家系の血で動く。世界の北の端の、大事な仕掛けの、合い鍵の家系。……だから、代々、狙われもする。鍵ってのは、盗みたい奴が、必ずいるから」
「「「「…………」」」」
「灰色の“申し出”も、それか」
「たぶんな。父さんの勘定と“合併”できれば、鍵ごと、手に入る」
朝の食堂が、静かになった。質問期間の空気が、少し、変わる。
「なあ。ちなみに、親父さんって————強いのか。その、戦いの話として」
『強いわよ』
答えたのは、姉だった。
『全盛期の父さんなら、灰色も、白いのも、素手で握り潰せる。……見張り番って、そういう役職なの。最後の、門番だから』
「……だよな。俺の体、あの部屋で一回も“危険”って言わねえの、つまり、そういうことだよな。あの規格外が、俺たちを、敵と思ってねえってことで」
「エースの体感が、いつも一番の実測値である」
「ん。しつもん、いい?」
ひなたが、手を挙げた。
「まおうの、おうちの————“ごはんとうばん”は、だれ?」
「「「「(そこ?)」」」」
「大事なところだが!?……え、ええと。当番は、ばあやと、母さんと……母さんが居なくなってからは、ばあやが、ずっと」
「ん。じゃあ、いまは、あたしが、とうばん。まおうのいえの、ごはんとうばん、だいこう」
ひなたは、こともなげに宣言して、父君の分の椀を、今朝も、よそった。
「よろしく、おねがいします。おとうさん」
見張り椅子に向かって、ぺこりと頭を下げる兵站長に、頂の間の空気が、ほどけた。
『……貴女たちの質問期間、いいわね』
ヴェイルが、笑った。
『五年間、誰にも話せなかったことが、朝飯のついでに、どんどん軽くなっていく』
「軽くするのが、家業なので」
『家業。……ふふ。地下にも、届いてるといいけれど』
「届いてますよ。糸越しに、朝から全部」
『ほっほ。……税の話のあたりで、婆は少々、眠うなりましたがの』
「聞かれていた!!」
——昼、俺は書庫で、「五百年前の記録」を検分した。
魔王の家の記録は、正確で、淡々としていて、そして————南の大書庫の「欠番」と、綺麗に、対になっていた。
消された北の伝承の、原本が、ここに、全部ある。
「(……セヴラン導師が見たら、興奮で倒れるな、これは)」
「(写しの交渉は、帰る前にね。今は、目の前の患者が先よ)」
窓の外、北の帯は、今日も、頂から流れている。
質問期間は、まだ、続く。答えるたびに、ヴィクトリアの肩が、軽くなっていく。




