↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/172

第164話 灯の歌

その夜は、療養十日目の、節目の夜だった。


夕飯のあと、頂の間に、俺たちの面々と、ヴェイルが残った。窓の外は、よく晴れた星空。大灯の青白い光が、部屋を静かに満たしている。


実は、この日の昼、塔は、ひとつの秘密を全員で共有していた。


ヴィクが、階段の百二十段目あたりで、こっそり歌の練習をしていたのである。本人は、誰にも聞こえていないつもりだった。だが、この塔の螺旋階段は、匂いの煙突であると同時に、音の、煙突だった。


「(……きこえてる)」


「(ん。ぜんぶ、きこえてる)」


「(音程を三回、直したわね)」


「(いい声してんだよなあ、あいつ)」


一階の台所で、俺たちは、鍋の火を細めて、全員で盗み聴いていた。練習は、三巡で終わった。最後の一巡は、直すところが、もう、なかった。


ちなみに、この煙突は、上にも、下にも通じている。


『(……聞こえてるわよ。私にも)』


「(姉君!!)」


『(あの子、昔から、練習だけは隠れてやるの。……知らないふり、私も混ぜて)』


そして、階段の底からも、糸越しに、ひとこと。


『(婆も、聞いております。……上手に、なられましたな)』


塔の全員が、共犯だった。


「(……なあ。夜、知らないふりできるか、お前ら)」


「(で、できるわよ。たぶん)」


(全員、できた。奇跡である)


「……今夜、歌おうと思う」


ヴィクが、言った。


「灯の歌を。あの御家の、揺り籠の歌を。里で歌った時、父さんに聞かせたいって、ずっと思ってた」


『……いいの?あの歌は、その』


「知ってる。あれは————母さんの、歌だった」


初めて出る言葉だった。母、という言葉が。


「ばあやから聞いた。灯の歌は、母さんが、私たちを寝かしつける時の歌で、母さんが居なくなってからは、ばあやが、代わりに歌ってくれてたって。……私は、母さんの顔を、覚えてない。歌だけ、覚えてる」


『…………ええ。母さんの歌よ。父さんが————一番、好きだった歌』


ヴェイルは、静かに、頷いた。頷いて、妹の知らない話を、少しだけ、した。


『母さんはね。歌が下手だったのよ、実は。音程が、よく迷子になるの。でも、父さんは毎晩、椅子を寄せて聴いてた。世界一の演奏会みたいな顔で。……だからね、ヴィク。うまく歌おうとしなくて、いいわ。あの人は、歌のうまさを聴く人じゃないから』


「……ん。分かった」


『歌って。……私は、たぶん、途中から声にならないから。妹に、任せるわ』


ヴィクは、父の見張り椅子の傍らに、立った。


深呼吸を、ひとつ。それから、歌い始めた。


低い、静かな、北方古語の子守唄。里の焚き火で聴いたあの節が、頂の間の石壁に、柔らかく反響する。俺たちは、床に座って、ただ、聴いた。


一番が、終わる。


二番の途中で、ヴェイルの声が、小さく、重なった。声にならないと言った姉の声が、震えながら、妹の歌を支えていた。


そして、三番。


俺の眼は、見逃さなかった。


大灯の炎が、揺れ始めた。


蝋燭のように。風に吹かれたように。青白い炎が、歌の拍に合わせて、ゆら、ゆら、と。


「(灯が————)」


「(ああ。歌ってるんだ、あの灯も)」


特記が、透けた。今夜のは、長かった。まばたき一回分、たっぷりと。


抵抗中。“ この歌は ”。“ この歌は、だめだ ”。“ 堪えて ”


————堪えて。


俺は、手を、上げた。


「今夜は、ここまでだ」


ヴィクの声が、止まった。止まって、こちらを見た。


「届いてる。充分だ。……終いの節を、置け」


ヴィクは、何も聞き返さなかった。聞き返さずに、歌の終いの一節だけを、静かに、置いた。


余韻が、石壁から、ゆっくりと引いていく。大灯の揺れも、少しずつ、収まっていく。


そして。


見張り椅子の上で。


父君の、目尻から————


一筋、光るものが、伝った。


「「「「「————」」」」」


誰も、声を、出せなかった。


表情は、変わらない。視線も、北の空のまま。呼吸も、静かなまま。ただ、涙だけが、一筋、五十年分の顔の上を、ゆっくりと流れていった。


ヴィクは、父の頬のそれを、指先で、そっと、拭った。


「……泣くなよ、父さん」


自分も、ぐしゃぐしゃの顔で。


「泣くなら————起きて、泣け。こっちで。私たちの、居る方で」


返事は、なかった。


なかったが、その夜の特記の透けは、消える寸前、確かに、こう読めた。


“ もう少し ”。


——その夜、俺たちは、階段の下り口に集まった。


「地下へ、報告する。今夜のを、全部だ」


沙耶が、読み上げた。歌のこと。“この歌は、だめだ”。“堪えて”。涙。そして、最後の“もう少し”。


糸越しの声は、しばらく、返ってこなかった。


『……“もう少し”は、二通りに読めまする』


「ええ」


『もう少しで、起きられる。……もう少しで、切れる。婆には、どちらとも、申せませぬ』


「ひと月の見立ては、動きますか」


『前の余裕を、当てにはなさいますな。……それだけは、申し上げておきます』


「「「「…………」」」」


「聞いての通りだ。今夜の手応えに、明日の予定を預けるのはやめる。支度を、前へ倒す」


『あら。歌ったせいで期限が縮んだ、って顔ね。貴方たち』


ヴェイルの声は、静かだった。


『縮んだのかどうかも、分からないのよ。近づいたことだけは、確か。……どちらに近づいたのかも、あとどれだけあるのかも、誰にも言えないわ』


「……分からんものを、分かったことにして数えるのはやめる。前の余裕だけは、当てにしない。それだけだ」


観測日誌、本日の特記。ヴィクの字。


『療養十日目。灯の歌。大灯、揺れる。父さん、涙、一筋。“もう少し”を観測。母さん。届いてるよ。あなたの歌は、まだ、この塔で働いてる』


——就寝前、階段で、ひなたが、ぽつりと言った。


「れんしゅうの、うた より————ほんばんの、うた、よかった」


「き、聴いてたのか!?練習!!」


「「「「(しまった)」」」」


秘密の共有は、翌朝の写経四枚(全員分)で、手打ちとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。