↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

160/172

第160話 三年前の夜の、全部

「客人がた。ひとつ、婆の勝手を、お許しくだされ」


ばあやの手は、糸の上を、動き続けたままだった。


「三年前、旦那様から、口止めを承っております。娘たちには、聞かせるな、と。……婆は、それを、三年、守って参りました」


「……ばあや?」


「ですが、今日、破りまする」


機の音が、一拍だけ、乱れた。乱れて、すぐ、元に戻った。


「口止めを守って、旦那様を失っては、何にもなりませぬ。守るものの順は、間違えてはなりませぬでな。……姫様。姉上様。お怒りは、後ほど、いくらでも」


『…………ばあや』


「では、婆から、三年前の夜の、全部を、お話ししましょうかの」


機の間に、車座ができた。糸の光の下、ばあやの手は動き続けたまま、証言が始まった。


「あの夜。灰色が二人と、白いのが一人、膜の外に立ちました。いつもの“申し出”……ではありませんでしたな。あの夜のは“最後通告”でございました」


「文言は」


「『五十年の見張り、ご苦労であった。台帳は、完成に近い。残るは、貴殿の勘定、ひとつ。渡すなら、安らかに。渡さぬなら————娘たちの勘定から、順に、いただく』」


「「「「…………っ」」」」


『聞いてないわ、それ!!』


ヴェイルが、立ち上がった。ばあやは、糸を見つめたまま、静かに続けた。


「先ほど申し上げた、口止めでございます。……そして、あの夜、旦那様は、選ばれたのです」


「選んだ……何を」


「勘定の、棚上げを。ご自分の手で」


ばあやの声が、初めて、微かに、震えた。


「動く勘定は、奪えまする。合併も、できまする。……ですが、止まった勘定は、誰にも、触れませぬ。奪うことも、繋がることも。旦那様は、ご自分を、開かずの金庫になさった。鍵ごと、飲み込んで。……娘たちの勘定に、手を出させぬために」


頂の間の三年が、全部、繋がった。


『わたさない』は、鍵のことだけでは、なかった。娘たちのこと、だった。


「……止まってるのは、防衛だと思ってた。違ったんだ。あれは」


「人質の、身代わりだ」


ヴィクの拳が、白くなっていた。


「父さんは、私たちの代わりに、自分を差し出したまま、三年間————まだ、差し出し続けてるんだ。あいつらの目の前に。“こっちを取れ”って」


「そして、取らせない。止まってるから。……三年間、餌でありながら、開かない金庫であり続けてる。とんでもない綱渡りだぞ、これは」


『……馬鹿よ、父さんは』


ヴェイルの声は、怒りの形をした、泣き声だった。


『言ってくれれば、私だって————』


「言えば、姉さんは自分の勘定を差し出しただろ。私でも、そうする。……この家系は、そういう血なんだ。だから父さんは、黙った」


『…………』


「ん。かぞく、ぜんいん、おんなじことする、家」


ひなたの言葉に、姉妹は、否定を、返せなかった。


「ばあや。ひとつ、確認させてください」


沙耶が、帳面を握って、前に出た。


「敵の“台帳”は、完成に近い、と三年前に言った。私たちは道中、灰色の『数えた。残り、ひとつ』も聞いてます。……つまり、今は」


「完成しておりましょうな。おそらく」


「なら、あとは最後の一項————父さんの勘定を、取りに来るだけ。……三年待ったのは、なんで?」


「取れなかったからでございますよ。止まった勘定には、触れられぬ。……ですが」


ばあやの声が、一度、途切れた。手は、止まらなかった。止められないのだ、この人は。


「あなたがたが、来られた」


「「「「…………」」」」


「呼びかけが、届いております。旦那様の勘定が、揺れ始めております。……それは、起きる兆しであると、同時に“触れられるようになる”兆しでも、ございます」


機の間の糸が、低く、震えた。


「敵は、必ず、気づきまする。金庫の扉が、緩み始めたことに。……そして、扉が開くその瞬間を————狙って、参りましょう」


「つまり、だ」


俺は、状況を、板書の代わりに、声で整理した。


「父君が起きる瞬間が、一番の好機で、一番の危機。敵は、その瞬間に総力で来る。……起こすなら、迎え撃つ準備と、同時でなければならない。決戦の日取りを、こちらで決める、ということだ」


「ん。じゅんびが、いっぱい、いる」


「ああ。ひと月で、全部やる。全員、仕事の時間だ」


「物資の計算をするわよ。塔の保存食が五十年分あるから、兵糧は問題なし。問題は————人手と、術者の消耗。ヴェイルさんの膜と、ばあやの糸、二人とも限界間近。ここに追加の負担は、掛けられない」


「じゃあ、膜の“外”は、俺たちで受け持つしかねえってことだな。……いいぜ。体が疼く方の仕事だ」


「疼き=危険度最大って意味なのが、頼もしくも不吉なのよ」


「作戦名を、発表する。≪起こして、守って、勝つ≫だ」


「「「「捻りゼロ!?」」」」


「大事な作戦ほど、名前は分かりやすく、だ。姉御の教え、応用編第二である」


「実際、要点はその三つで全部なのよね……」


「ん。おぼえやすい。べんとうも、みっつ、つくる」


「弁当の数と作戦目標を揃えるな」


糸の光の下で、俺たちの戦支度が、始まった。


「ああ、それと。客人がた」


ばあやが、背中越しに、付け加えた。


「婆の糸は、まだ、ひと月は保ちまする。……ですが、決戦の日は、この糸、攻めにも使えますでな。三年編んだ膜の根は、伊達ではございませぬ。お忘れなきよう」


三年間、守り続けた人の声に、初めて、獲物を狙う色が、混ざっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。