第16話 収穫の鐘と腐れ縁
収穫祭、最終日。
この日、フォルテの屋台通りに、静かな恐怖が走っていた。
「い、いらっしゃい……あっ」
「ん。これください。——はい、これ」
ひなたが差し出したのは、大食い大会の優勝賞品“屋台通り一日食べ放題券”。受け取った店主の顔から、すっ、と血の気が引く。
「で、伝説の二十七杯の……!」
「おかわりも、いい?」
「か、勘弁してくれ嬢ちゃん!うちは小さい店なんだ!」
券の効力は絶大だった。ひなたが通りを歩くだけで、屋台のおやじたちの顔が「商売繁盛」と「在庫全滅」の間で揺れる。祭り最終日にして、俺たちの最終兵器は屋台通りの災害に認定されつつあった。
「おい、見ろよ。あれ」
隼人が、通りの先を指差した。
雑踏の中に、見覚えのある灰色の髪と狼の耳があった。軍服ではなく、私服。仏頂面で、炭火串を齧っている。
「ヘクトルさんだ。……おーい!教官!」
狼の耳が、びくっ、と跳ねた。
「————貴様ら。よりによって貴様らか」
「奇遇ですね。お一人ですか?」
「非番だ。話しかけるな。祭りくらい、静かに過ごさせろ」
「その割に、串、五本目ですね」
「数えるな!!」
言葉とは裏腹に、ヘクトルさんは俺たちが隣に並んでも、立ち去らなかった。なんだかんだで、そのまま屋台通りを一緒に流すことになった。
「教官、あれって獣人の作法ですか?さっきから、屋台のおやじに串を受け取る時、必ず両手で」
「む。……ああ。食い物は“群れの恵み”だ。片手で受けるのは、獣人の間では無作法にあたる」
「へえ……」
「貴様らも覚えておけ。タウラの平原辺りでは、片手で飯を受け取っただけで決闘になるぞ」
「「「「決闘!?」」」」
飯の受け取り方で決闘になる草原、怖すぎる。俺は心のノートの「行ってはいけない場所」の欄に、タウラと書きかけ——「礼儀を覚えれば良いだけだ」と言われて、消した。紳士たるもの、礼儀には強い。
道中、ヘクトルさんは射的屋台の前で足を止めた。出禁の隼人が、恨めしそうに柵の外から眺めている屋台である。
「ふん。……見ておれ」
ヘクトルさんは銅貨を置き、五発で景品を五個抜いた。店主が「あああああぁぁぁぁぁぁ!!!」と叫ぶ。そして獲った菓子の詰め合わせを、後ろで見ていた村の子供たちに、無言で全部配った。
「「「「(いい人だ……)」」」」
「なんだその顔は。やめろ。減点するぞ」
「非番でも減点あるんですか」
——そして、日が暮れた。
収穫祭のフィナーレは、“収穫の鐘”である。
祭りの三日間の終わりに、街の鐘楼が特別な鐘を七つ撞く。そして曰く——“鐘が鳴り終わる時、隣にいた者とは、来年も同じ食卓を囲める”。
「——というジンクスなので、恋人たちは必死なわけです」
リタさん(屋台の売り子の応援に駆り出されていた)が、教えてくれた。見れば、広場のいい場所は、寄り添う男女でびっしり埋まりつつある。
「なるほど。色恋の行事か」
「俺たちには関係ないな。飯でも食うか」
「そうね。人混みは避けましょ」
——関係、なくならなかった。
「ひなたさん!!」
人垣をかき分けて現れたのは、あの犬耳の大食い青年だった。手には、山盛りの焼き菓子。
「よ、よかったら、その、鐘、一緒に……!菓子もある!!」
「ん。たべる」
「食い物で釣られた!?え、ちょっと、ひなた!?」
「まあ、いいんじゃね?——おっと、沙耶さん、あんたも狙われてるぞ、ほら」
「え?」
振り向いた沙耶の前に、見知らぬ優男が二人、花を持って立っていた。祭りの間に沙耶を見かけて、声をかける機会を狙っていたらしい。眼鏡の似合う黒髪は、この街では割と目立つのである。
「あの、よかったら、鐘を——」
「あっ、ごめんなさい、私、その」
沙耶がわたわたと後ずさり——俺の風呂敷マントの陰に隠れた。
「つ、連れがいるので!!」
「……ほう?隣にいた者とは来年も同じ食卓、だそうだが。俺でいいのか?」
「あんたは黙ってて!!……ああもう、行った?行ったわね……」
「今の対応、三百三十五件目に数えるか微妙なところだな」
「だから数えないでいいのよ!!」
ごーん——と、一つ目の鐘が鳴った。
慌ただしく、全員が所定の位置(という名の、たまたま居た場所)に落ち着く。俺の右に沙耶(隠れたまま)、左に隼人(菓子を齧りながら)、その向こうにひなたと大食い青年(青年だけ緊張で直立)、少し離れてヘクトルさん(六本目の串)、リタさん(売り子のエプロンのまま)。
ごーん。ごーん。
鐘の音の間に、隼人がぽつりと言った。
「なあ。このジンクスってさ、“隣にいた者と来年も同じ食卓”なんだろ?」
「らしいな」
「……俺たち、来年も多分、同じ食卓な気がしね?」
「「「…………」」」
断言は、できない。前世でも、毎日一緒だったわけじゃない。それでも——この四人に関しては、来年も、再来年も、たぶんそうなる。その“予感”だけは、昔から一度も外れたことがない。
「つまり俺たちは、鐘に頼まなくても勝手に更新される、と」
「何よそれ。……ふふ。腐れ縁ってそういうことでしょ」
ごーん——と、七つ目の鐘が鳴り終わった。
広場のあちこちで、恋人たちが抱き合い、拍手が起こる。俺たちのパーティは、誰も何も言わず、いつも通りの顔で、屋台の残りを物色し始めていた。それでいい。それが、俺たちの形だ。
「(……ちなみに大食い青年は、鐘の間ずっと直立不動のまま、ひなたに菓子を全部食われていた)」
「(恋の行方に幸あれ)」
——祭りが明けた、翌朝。
ギルドの掲示板の前に、人だかりができていた。
『告知。フォルテ迷宮において、魔素の活性化の兆候を確認。ランクD以上の冒険者に、調査への協力を求む』
「迷宮……例の、“穴”か」
「魔素の活性化って、何が起こるんです?」
リタさんは、少しだけ声を落とした。
「……放っておくと、魔物が湧きすぎて、溢れます。“氾濫”——って言うんですけど。あ、でも、兆候の段階ですから!調査すれば大抵は何事もなく——」
「ちなみにリタさん。この依頼の危険度は」
「————“中”です」
「「「「中!?」」」」
初めて見る文字に、俺たちはざわついた。低で主と遭遇した俺たちの、初めての“中”である。
……嫌な予感が、しなくもない。だが、Dランクの仕事だ。
「よし、お前ら。会議だ」
「残高、銀貨11枚と銅貨70枚。——“一発分”は、確保済み」
「発射許可の予感……!」
「まだ出しません」
祭りの次は、迷宮。俺たちの異世界は、今日も忙しい。




