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絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


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第156話 塔の暮らし、開店

翌朝から、見張りの塔は、騒がしくなった。


まず、台所である。


「ん。かまど、かりる。だいどころ、かいてん」


ひなたが、五十年物の大かまど(ばあやが手入れしていたので、状態は完璧だった)に火を入れ、塔に、飯の匂いが立ち上った。一階から、螺旋階段を、湯気が音もなく上っていく。三百六十段の、匂いの煙突である。


『……この塔で、こんな匂いがするの、何年ぶりかしら』


「姉君も、朝飯、どうぞ。俺たちの台所は、全員参加制なので」


『いただくわ。……ん。……おかわり』


「姉妹で食いっぷりが同じなのよね、ほんとに」


次に、掃除と、配置である。


沙耶が塔の物資を検分して台帳を作り(「保存食が五十年分!!しかも半分はまだ食べられる!!北の保存技術、恐るべしよ!!」)、隼人が階段の上り下りで体を作り(「三百六十段、いい訓練になるんだよ、これが」)、姉御たちは塔の周囲の見回りの型を決めた。


ちなみに、三百六十段には、早くも新記録競争が生まれていた。


「階段駆け上がり、俺、本日の記録————二分〇八!!」


「ん。あたし、にふん、ちょうど。……なべ、もったまま」


「鍋持ちに負けた!?」


兵站長の脚力は、積載時にこそ本領を発揮する。エースの威厳は、三百六十段の下に、置き忘れられた。


そして、俺とヴィクは————頂の間、常駐係である。


「本日の予定を、読み上げる!!朝: 挨拶と、昨夜の観測報告!!昼: 飯と、フォルテの話!!夕: 講座の復習を、父君の前でやる!!」


「こ、講座を?父さんの前で?」


「無論。北方古語の発音を、本場の御仁に聞いてもらわん手はない。間違えたら、心の中で笑ってもらえばいい。笑いは、勘定を動かす」


初回の講座は、こうなった。


「では、発音する。“ヴェル・ナ・シルワ”(結びて、あれ)」


「駄目だ。“ヴェ”が浅い。喉の奥。夜の民の“ヴェ”は、腹から出す」


「“ヴェル・ナ・シルワ”!!」


「浅い。写経二枚」


「本場の前だからと採点が辛くなってるぞ、先生!!」


「あ、当たり前だ!!父さんの前で、弟子の発音が浅かったら、私の面目に関わる!!」


「弟子ではなく主なのだが!?」


言い合う俺たちの横で、特記が、ちら、と透けた。俺は、見逃さなかった。抵抗中。……“にぎやか”。


……この御仁、たぶん、笑う寸前である。


かくして、頂の間は、俺たちの日常の、出張所になった。


朝の挨拶。観測日誌の音読(ヴィクが、フォルテの半年分を、最初から読み聞かせ始めた)。昼飯の匂い。俺の発音練習と、ヴィク先生の容赦ない採点。午後の点呼。夕方の、他愛ない口喧嘩。


沙耶の『本日の支出』発表も、日課になった。


「本日の支出。保存食の補充、銅貨換算で40。灯り油、12。隼人が階段で削った靴底、修理費8。……以上、本日も健全です」


聞かせる意味は、やはり不明である。不明だが、発表の間、頂の間の空気が、どことなく、居間になった。数字の読み上げというものは、生活の音なのである。なお“靴底”の行の横には、犯人の似顔絵が描いてあった。経理の帳簿は、たまに、週刊誌である。


父君は、動かない。北の空を見たまま、微動だにしない。


だが————俺の眼は、記録し続けていた。


初日。“抵抗中”が透けた回数、三回。


二日目。五回。うち一回は、ヴィクの音読の途中(氾濫の章のくだり)。


三日目。八回。ひなたの「おかわり、どうぞ」の声で一回。俺の発音間違いをヴィク先生が叱った時に、一回。


「……増えてる。確実に」


「ん。きいてる。おとうさん、ちゃんと」


「増えてるのは、いい報せだ。……ただし、増やせばいい、という話ではない。姉君からの注意を、忘れるな。届くほど、あちらの綱引きは、激しくなる」


「じゃあ、どうすんだよ」


「今の暮らしを、今の音量で、続ける。増やさず、減らさず。……日常というのは、量ではなく、続くことに意味がある」


沙耶が、帳面に、その一行を書き足した。『療養方針、据え置き。加減は変えない』


四日目の夜には、新記録が出た。ヴェイルが夕食のあと、うっかり妹の六歳の階段昼寝事件を暴露し、ヴィクが「姉さん!!」と叫んだ、その瞬間————


特記が、透けた。


抵抗中。……“懐かしい”。


「「「「…………」」」」


「い、今の、視えたか、圭吾」


「視えた。“懐かしい”、だ。感情のラベルが、初めて、透けた」


頂の間が、静かに、沸いた。ヴェイルは、口元を両手で覆って、窓の方を向いてしまった。ヴィクは、父の椅子の傍らで、膝をついて、組まれたままの大きな手を、じっと見ていた。


「……聞こえてるんだな、父さん。ぜんぶ」


返事は、ない。


ない、が————夜の観測日誌に、ヴィクは、几帳面な字で、こう書いた。


『療養四日目。“懐かしい”を観測。……つまり、父さんの中では、時間が流れてる。止まってるのは、外側だけだ。なら、待つのは、怖くない。中で、ちゃんと、生きてるんだから』


窓の外の大灯は、今夜も青白い。だが、心なしか————揺れる回数が、増えた気がした。


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