↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

155/172

第155話 止まった勘定

初日の診察は、日暮れまで続いた。


俺は、頂の間の隅に陣取り、視線を切らさず、父の特記を読み続けた。読めば読むほど、分かってくることが、あった。


「報告する。まず、いい報せからだ」


夜、塔の食堂で、初回の症例会議が開かれた。


「絆の氷河、と言ったが。厳密には、少し違った。……“停止”のラベルの下に、時々、一瞬だけ、別の表示が透けるんだ」


「別の、表示?」


「“抵抗中”」


食堂が、ざわ、とした。


「読めたのは三回。姉君が手を重ねた時。ヴィクの声がした時。あと————窓の外を、鳥が横切った時だ。一瞬だけ、停止の下から“抵抗中”が透けて、すぐ、停止に戻る」


『……三年、毎日話しかけて。初めて、報われた気がするわ』


ヴェイルが、目元を、指で押さえた。


「悪い報せは?」


「透ける時間が、短すぎる。まばたきの十分の一もない。……それと、だ。診察の途中、一度だけ————向こうから、視られた」


「「「「!?」」」」


「視線は動いてない。目も、こちらを見てない。なのに、視られてる感触だけが、あった。……たぶん、あれが“見張り”の力だ。止まっていても、見張りの仕事だけは、続いてるんだ。五十年、休みなく」


「ん。……はたらきすぎ」


ひなたが、ぽつりと言った。


「おとうさん、ごじゅうねん、むきゅう。……ブラックすぎる」


「俺たちの兵站長が一番まともなことを言った」


『ぶらっく?』


「働かせ方がひどい、という意味の、南の言葉です(誤魔化した)」


なお、この間に、経理が新しい帳面を作っていた。表紙『患者台帳・北の分院・第一号』。


「貸し方: 見張り五十年、娘二人の育成、塔と門の維持。……借り方に何を書けばいいのよ、この人の帳簿」


「決まっている。“ただいま”の未受領、五年ぶん。それと、飯」


「……未収金の欄が、あったかい帳簿ね」


「参考までに聞く、我が眷属よ。父君の、好物は」


「え。……に、煮込み、だったと思う。冬の。あと、姉さんの淹れる茶と————私が歌うと、機嫌が良かった、気がする」


「ん。にこみ。あした、つくる」


「情報が出た瞬間に献立が決まる台所、頼もしすぎるわね」


——会議は、方針の決定に移った。


「診察の結論。父君の状態は“整えられた”のとは、根本的に違う。ドムさんたちは、絆が消えて、本人はけろりとしてた。父君は、絆が全部残ってて、本人が、全力で————何かを、堪えてる」


「堪えてる……何を?」


「分からん。だが、堪えてる人間にやることは、削られた人間にやることと、逆だ。……無理にこじ開けたら、堪えてるものごと、決壊しかねん」


「じゃあ、油壺も、罵倒も、駄目ってこと?」


「今は、な。だから、まず、これだ」


俺は、黒板(塔の書庫から発掘した、上等の石板)に、方針を書いた。


『方針: こじ開けない。呼びかける。ここに、帰る場所があると、勘定の外から知らせ続ける』


「具体的には?」


「暮らすんだ。この塔で。うるさく、楽しく、飯の匂いをさせて。……姉君とばあやさんが五年、二人でやってきたことを、今度は、全員で支える。声も、手も、飯の数も」


『……この五年、私が正しかったって、こと?』


「正しかった。ただ、人数が足りなかった。二人だけで引き受けるには、仕事が、あまりに多すぎる」


ヴェイルは、しばらく黙って、それから、初めて、深く息を吐いた。五年分の肩の荷が、少しだけ、緩む音だった。


『……その上で、ひとつ。ばあやからの、預かりものの注意を、伝えておくわ』


姉は、卓の上に、指で、線を引いた。


『地下の糸は、塔の全部と繋がってるの。父さんの勘定の軋みも、ばあやには伝わる。……あの人が、前から言ってた。“呼びかけが強うなるほど、旦那様の中の綱引きは、激しくなりまする”って』


「綱引き」


『応えたい力と、堪える力。同じ場所から出てるのよ。片方を引けば、もう片方も引かれる。……だから、呼びかけは、届く。届くけれど————届くほど、あの人は、しんどい』


「「「「…………」」」」


「……逆じゃないんだな。呼べば楽になる、じゃなくて」


『ええ。ばあやは、私にこう言ったわ。“急いでも、黙っても、どちらでも減りますでな。ならば、旦那様が安心して手を離せる形を、先にお作りなされ”と』


「————それだ」


俺は、黒板の方針の下に、もう一行、書き足した。


『目標: 起こすことではない。“手を離しても大丈夫”を、先に、作ること』


第一段階の編成は、その場で決まった。


朝の点呼と挨拶=全員(頂の間で)。飯=ひなた(匂い重視。かまどの使用は、ばあやの灰に一礼してから)。地下への配膳=隼人(三百六十段の下りは鍛錬になる、と本人が主張した)。音読=ヴィク(教本と、南の観測日誌)。屋根の雪下ろしと力仕事=隼人。帳簿の読み上げ=沙耶(『本日の支出』を父君の前で発表する。聞かせる意味は不明だが、生活の音なので可)。俺=診察と、夜の口上。


「私の音読……父さんの前で、か。……き、緊張するな」


「講座で毎週やってるだろう」


「生徒と父親は違うんだ!!」


『あら。楽しみね。私も聴くわ、毎日』


「姉さんまで!!」


——散会後、俺は、もう一度だけ、頂の間に上がった。


夜の見張り椅子の父君に、参列の礼をして、名乗った。


「夜分に失礼する。我が名は圭吾。パーティ《腐れ縁》が参謀にして、漆黒の存在。あなたの末の娘の————主で、家主で、講座の落第生で、悪友である」


返事は、ない。ないが、構わず、続けた。


「明日から、しばらく、騒がせてもらう。五十年の静けさには、悪いが————俺たちは、うるさいのが、取り柄なのでな」


一礼して、踵を返した、その時。


特記の隅で、一瞬、何かが透けた。


抵抗中。……そして、その隣に、もう一語。


“客?”


俺は、階段を降りながら、笑いを噛み殺すのに、苦労した。


聞こえているのだ。ちゃんと。五十年の氷河の、一番下で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。