第150話 姉の、まいった
午後の部は、開幕から、豪速だった。
ヴェイルの光の帯は、二十四本に増え、雪原そのものが、姉の術の盤面になった。ヴィクは、走り、跳び、撃ち、俺は、視て、読み、叫んだ。
「右の三本、陽動!!本命は上!!」
「見えてる!!」
「嘘だ、すまん、上も陽動だ!!本命は、真下と、背後の同時!!」
「なんで訂正するんだ!!」
「敵が読み合いを進化させてくるので!!」
『会話が、うるさいわよ、貴方たち!!』
「「うるさくて、強いのが、《腐れ縁》です(なんです)!!」」
盤面は、しかし、少しずつ、押されていた。ヴェイルの術は、精密で、多彩で、そして、底が見えなかった。五年間、独りで塔を守り続けた術者の、年季である。
頬が、勝手に、緩み始めていた。
「(……このままじゃ、じり貧ね)」
「(ん。でも、けいごの、めが、わらってる)」
観客席の読み通り、俺は、笑っていた。視えてきたのである。姉君の、癖が。
「ヴィク!!次の展開の後、二拍だけ、姉君の術が“薄く”なる!!」
「二拍?」
「術の編み直しの、繋ぎ目だ!!二十四本もの帯を独りで編んでるんだ、編み直しの瞬間だけ、必ず、糸が緩む!!独りで編む術の、宿命である!!」
『っ』
ヴェイルの表情が、変わった。図星、である。
「そこで、だ!!我が眷属!!二拍で届く、俺たちの最速は!?」
「決まってる!!」
ヴィクは、走りながら、叫んだ。
「ひなた!!!!」
「ん」
観客席から、砲撃手が、立ち上がった。
『は、観客は、反則————』
「二対一とは聞いたが!!観客の応援が禁止とは、聞いてない!!これは応援である!!」
「屁理屈オォォ!!」の顔で、ヴェイルが二十四本を編み直す————その、繋ぎ目の二拍。
ひなたの黒パンが、盤面の中央を、まっすぐに貫いた。帯の網に、一瞬の大穴が空く。その穴を、ヴィクの紫紺が、駆け抜けた。
奔流は、ヴェイルの眼前、寸止めの距離で————ぴたりと、止まった。
遠慮の目盛り、完全制御である。
雪原が、静まり返った。
ヴェイルは、眼前の紫紺の光を、長いこと、見つめていた。それから、ゆっくりと、両手を上げた。
『まいった』
観客席が、爆発した。
「「「「うおおおお!!」」」」
「ちなみに姉君、最後のは反則すれすれでした!!審判がいたら揉めてました!!」
『自分で言うの、それを』
ヴェイルは、脱力して、雪の上に、すとんと座り込んだ。座り込んで、空を仰いだ。
『……負けた。五年ぶりに、術で負けた。……それも、こんな、屁理屈と、パンと、寸止めに』
「《腐れ縁》の正式な戦術です」
『正式なの!?』
姉君の突っ込みが、初めて、妹と同じ音をした。
なお、観客席では、賭けの精算が行われていた。
「『妹+紳士の勝ち』的中!!……的中者は————ひなた、一名!!」
「ん。はいとう、もらう」
「あんた、いつの間に張ってたの!?」
「さいしょから。————かぞくは、まける きが しない」
「……その張り方は、賭けじゃなくて、信頼って言うのよ」
配当は、全額、今夜の夕食の材料費に化けた。信頼は、鍋になる。俺たちの経済である。
——夕方。焚き火の前で、ヴェイルは、正式に、宣言した。
『約束通り、門を開けるわ。……手合わせの判定を、言っておく。ヴィク。貴女の術は、五年前の三倍。出力じゃなく、質が、変わってた。独りの術じゃ、なくなってた』
「……ん」
『それと、主とやら』
金の瞳が、俺を、まっすぐに見た。
『貴方の眼と、あの拍子。……門の中で、要る。父さんの“止まった勘定”を、視て、読める目が。……妹を、頼むとは言わないわ。妹と、頼み合いなさい。それが、貴方たちの流儀なんでしょう』
「承知」
宣言のあと、ヴェイルは、俺たちの面々を、ひとりずつ、講評した。姉の採点である。
『大食いのお嬢さん。貴女の投擲、軌道が完璧。私たちの里で射手をやらない?』
「ん。フォルテが、いえだから、むり。でも、ありがと」
『即答の断りが気持ちいいわね。眼鏡の貴女。素還りの使い手。……その力、姉として礼を言うわ。妹の窮地を、二度、それで救ったと聞いた』
「え、あ、その……ど、どういたしまして?」
『剣士の貴方は、明日、塔の中では、たぶん一番働くことになる。危険度、上がるでしょうから』
「へへ、そりゃ楽しみだ」
『赤毛の貴女たちは、いい後詰め。玄人の位置取りだった。で、最後に』
金の瞳が、俺で、止まった。
『貴方は、保留。明日の塔で、見せてもらう。主の器とやらの、続きを』
「ふ。楽しみにされよ」
「(保留って、要は今日の点数じゃ足りなかったってことよね)」
「(黙っていろ、経理)」
『明日の朝、門を開ける。……全員、今夜は、よく眠りなさい。塔の中は、五十年ぶんの、静けさよ』
北の空の帯が、頭の真上で、静かに、流れていた。
その根っこの黒い針の頂きに、今夜も、色の変わらない灯りが、点いていた。
明日、あの灯りの、正体を見る。




