第148話 火を挟んだ、姉妹
夜の焚き火を、十一人で囲んだ。
ヴェイルは、火の正面に、背筋を伸ばして座った。所作の綺麗さが、ヴィクの礼法特訓の講師ぶりと、同じ型をしていた。姉妹である。骨の髄まで。
そして、俺たちの飯の、洗礼を受けた。
「ん。どうぞ。“おもいでのよせなべ”、ほくほう版」
『……いただきます。…………』
ヴェイルの匙が、止まった。
『……この味。灯の歌の日の、冬至の鍋』
「ん。ヴィクに、ならった。ばあやの、あじ」
『ヴィクが?料理を?あの、湯も沸かせなかった子が?』
「ちょ、姉さん!?」
「ほう。湯も」
「圭吾、聞くな!!記録するな!!」
『沸かせなかったわよ。十歳のとき、寝室で“実験”と称して枕を三つ焦がして』
「姉さん!!!!」
『他にもあるわよ。初めての詠唱の練習で、自分の前髪を燃やして、ひと月、変な髪型だったこと。寝言で詠唱の続きを唱えること。あと、六歳まで、私の寝床に、』
「姉さん!!それ以上は国際問題だ!!」
「(六歳まで、なんだって?)」
「(聞くな!!全員、聞くな!!)」
(観測日誌の裏面に、全部、記録した。歴史的資料なので)
姉というものは、大陸のどこでも、妹の黒歴史の正式な保管庫である。焚き火の周りに、笑いが弾け、ヴィクの抗議が飛び、ヴェイルは、涼しい顔で二杯目をよそった。
鍋は、ヴェイルが三杯目に入った時点で、勝敗が決した。
『……おかわり、ばかりして、悪いわね』
「ん。おかわりは、あいさつ。————それに、おねえさんの たべかた、ヴィクと、そっくり」
『え』
ヴィクが、椀を持ったまま硬直した。
「え」
「あついのを、ふーふーする かいすう、おなじ。さいごに、しるを のこして、いっきに のむのも、おなじ」
姉妹は、互いの椀を見て、互いの顔を見て、同時に、目を逸らした。血は、食べ方に出る。
——笑いが、ひと段落した頃。
ヴェイルは、椀を置いて、静かに、話し始めた。
『……五年前。ヴィクが南へ発った日のこと、話すわ。貴女が知らない側の、話を』
焚き火が、爆ぜた。
『あの日、父さんは、まだ、話せた。まだ、笑えた。……でも、自分が“変わっていってる”ことも、分かってた。だから、貴女を、南へ出したのよ。“探し物”という名目で。変わっていく自分を、末の娘に見せないために』
「っ。……知って、た。途中から、気づいてた。あの旅立ちが、体のいい、追い出しだったこと」
『恨んだ?』
「恨んだ。……でも、今は、同じことを、姉さんがしてるって、分かる。“見せたくない”って。……家族揃って、不器用なんだ、私の家は」
『……否定は、しないわ』
ヴェイルは、火を見つめた。
『父さんの様子が、決定的に変わったのは、三年前。……口数が減って、表情が消えて、そして、完全に、止まった。今の父さんは、塔の頂きで、ただ、座ってる。毎晩、同じ灯りを点けて。同じ姿勢で。五十年前からああだったみたいな顔をして、ね』
「“整えられた”のか。父さんも」
『分からない。それが、一番、分からないの』
ヴェイルの声に、初めて、疲れが滲んだ。
『整えられたなら、絆が消えるはず。でも、父さんの中の絆は、消えてない。私には、視える。ちゃんと、ある。あるのに、動かないの。凍った川みたいに。全部そこにあるのに、全部、止まってる』
「棚上げ、だな」
俺は、口を挟んだ。ヴェイルの金の瞳が、こちらを向く。
「勘定は、開いたまま、止められてる。閉じても、動いてもいない。帳簿の神の、見立てだ」
『……サンサーラが、そう言ったの?』
「ええ。棚上げされた勘定は、帳簿の神が一番腹の立つやつだそうで」
『なるほど、ね』
ヴェイルは、少しの間、考え込んだ。それから、妹に向き直った。
『ヴィク。門を開ける前に、条件がひとつ、ある』
「……言ってくれ」
『明日の朝、私と、手合わせなさい』
「「「「!?」」」」
『貴女が今、どれだけの力で、誰と、どう結ばれてるのか。口でも、鍋でも、点呼でもなく、術で見せなさい。姉として、鍵の番人として、それを見てから、決める』
ヴィクは、息を呑んで、頷いた。
「受ける」
『いい返事。……ああ、それと』
ヴェイルは、立ち上がりながら、俺を、ちらりと見た。
『そこの“主”とやら。貴方も、出なさい。二対一でいいわ』
「ほう。俺も、ですか」
『眷属の主を名乗るなら、主の器も、見せてもらわないと。ね?』
焚き火の向こうの笑みは、綺麗で、そして、間違いなく、姉の顔だった。




