第141話 血の講義
翌日の昼、ゴルドの言葉どおり、氷の森が見えた。その日の野営は、森の入り口の、風のない窪地だった。
夕食後、焚き火を囲んで、ヴィク先生の講義が開かれた。北方古語講座・特別編。題目は「一族の魔法」である。
「明日から、氷の森に入る。森の奥には、古い術の痕が残ってるはずだ。だから、先に、基礎を教えておく。紫紺の炎の、話だ」
黒板はないので、先生は、雪面に、火箸ならぬ枝で図を描いた。
「普通の魔法は、世界の魔素を借りて、形にする。火、水、風。……でも、私の一族の魔法は、系統が違う。“繋がり”そのものを、力にするんだ」
「繋がり?」
「縁。絆。結び。……そういうものに流れてる力を、直接、束ねて、撃つ。紫紺の色は、その力の色だ。……だから」
先生は、少し、言葉を選んだ。
「だから、私の炎は、独りでは、弱いんだ」
「「「「…………」」」」
「五年間の一人旅で、私の紫紺は、灯みたいに小さかった。……フォルテに来て、お前たちの家に住んで、あの馬鹿げた毛玉の隣に居るようになってから————出力が、桁で、変わった。査定の的が消し飛んだの、あれ、半分はお前たちのせいだからな」
「俺たちのせいで的が!?」
「誇っていい方の“せい”だ」
「ん。つまり、ヴィクのまほうは————“なかまがいると、つよい”」
「…………身も蓋もなく言えば、そう、なる」
兵站長の要約に、先生は、耳まで赤くなった。焚き火のせいでは、ないと思う。
「い、いいか、続けるぞ!!で、この系統の魔法は、夜の民の中でも、使えるのは、ひとつの家系だけで————」
「その家系ってのは」
ゴルドが、何気なく聞いた。聞いてから、しまった、という顔をした。
ヴィクの枝が、雪面の上で、止まった。
「古い、家だ。……夜の民の、縁を、束ねてきた家。それ以上は————」
「おっと、いい!!いい!!聞かなかったことにしてくれ!!里長にも、詮索するなって言われてたんだ、俺は!!」
ゴルドは、慌てて、両手を振った。夜の民の側でも「聞かない礼儀」は徹底されているらしい。
俺は、椀の白湯を、ゆっくり飲んでから、いつもの調子で、割って入った。
「まあ、あれだ、ゴルド。一度あることは、二度ある」
「あん?」
「俺の眷属はな、秘密をひとつずつ、言える時に言う流儀なんだ。前科が一件ある。だから、いずれ二件目も来る。……気長に待つのが、俺たちの作法でな」
「……はー。なるほどな。あんたら、そういう」
ゴルドは、焚き火越しに、ヴィクと、俺たちの面子を見比べて、にっ、と笑った。
「いい隊だ。北の男が保証する」
「ふ、ふん。……当然だ」
先生の講義は、その後、実技に移った。
「繋がりの力の、感じ方を教える。全員、手を出せ。……ゴルドもだ」
「俺も!?」
十人が、焚き火を囲んで、輪になった。先生の指先に、小さな紫紺が灯り、それが、ゆっくりと、輪の上を一周した。
温かかった。火の温かさとは、違う種類の。
「……これが、繋がりの力だ。今、この輪の分だけ、灯ってる」
「……なあ。ちなみに俺、今、何も感じねえんだけど」
「隼人は、魔力が手元に残らないからな。全額、加護に持っていかれてる」
「爺さんにも言われたな。“全額、危険時の前借り”だと」
「だよなあ。————で、実際、今も、なんにも来ねえんだわ。あったかくもねえ。魔法もなし、絆スキルはあいつら頼み、体だけが資本」
軽口の調子だった。調子だけは。
「ん。でも————はやとの、からだは、“つながり”に、いちばん、しょうじき」
「……そうかあ?」
「あぶないとき、いちばんはやく、みんなを、しんじて、うごくから」
「…………飯、うまいな、今日も」
エースは、照れると、飯の話をする。
輪の中で、鼻をすする音がした。ゴルドだった。
「ゴルド。泣いてます?」
「泣いてねえ!!……北の男はな、いいものを見ると、目から、その、雪解け水が出るんだ!!」
「泣いてるんじゃないですか、それは」
「雪解け水だっつってんだろ!!」
北の男の語彙は、素直さの言い換えが豊富である。
「ん。……あったかい」
「なあ、ヴィク。これ、フォルテの皆の分も、乗ってるのか?」
「ああ。距離は、関係ないんだ。結ばれてるかどうか、だけで」
紫紺の小さな灯は、確かに、十人の輪より、ずっと大きく、明るかった。
灯の中に、フォルテの顔ぶれが、見えた気がした。
ちなみに、講義中に私語をした俺と隼人には、写経ならぬ“雪経”が科された。雪面に、指で、北方古語の文字を書くのである。
「つ、冷たい!!先生、これは体罰では!!」
「安心しろ。北の子供は皆これで字を覚える。伝統教育だ」
「北の子供、強すぎるだろ!!」
指先の感覚と引き換えに、俺の古語の綴りは、確かに三割上達した。身に染みる、とはこのことである。物理で。
——消灯前、観測日誌。
『特別講義、実施。特記: 私の魔法の種明かしを、半分だけした。残り半分は————まだ、荷物の中。……でも、荷物は、前より、軽い』




