第14話 絆値、今回も測定不能
特例昇級試験、翌日。ギルドの大広間で、結果の授与式が行われた。
「《暁の誓約》——Dランクより、Cランクへの昇級を認める!」
割れる拍手。シリルさんたちが、揃いの所作で一礼する。街の期待の星は、また一段、星に近づいた。
「そして——《腐れ縁》!」
グスタフさんが、にやりと笑って、認定証を掲げた。
「Fランクより、Dランクへの二段飛ばし昇級を——正式に認める!!」
「「「「よっしゃあああ!!」」」」
拍手と、爆笑と、指笛。柵の外で観戦していたドワーフたちが、一番騒いでいた。俺たちの合格に11倍を賭けて大勝ちした連中である。今夜は奢ってくれるらしい。
「なお、昇級に伴い——」
リタさんが、事務的に続けた。
「規定により、絆値の再測定と、パーティ名の変更受付を行います」
来た。
「聞いたか、お前ら!パーティ名の変更!ついにこの時が来た!」
俺は、懐から羊皮紙の束を取り出した。この日のために温めていた、選りすぐりの新候補三百——
「このままでいいです」
「このままで」
「んー、このまま」
「————は?」
三人は、俺を見もせずに即答していた。
「い、いいのか?《腐れ縁》だぞ?沙耶の失言から生まれた、あの不本意な——」
「不本意だったけど……まあ、慣れたし」
「呼ばれ慣れたら、俺たちっぽいなって」
「なまえ、かわいいし」
「お前らなあ!俺の三百候補は!また日の目を——おい、待て、なんだお前らその顔は。やめろ、その生温かい顔を」
「「「(圭吾以外、全員気に入ってる)」」」
「俺だけ!?俺だけなのか、変えたいの!?」
こうして、パーティ名《腐れ縁》は、満場一致(一名棄権)で続投が決まった。
——続いて、絆値の再測定である。
例の小部屋。例の絆晶盤。俺たちが近づくと——乳白色の結晶が、心なしか、光を弱めた気がした。
「……ねえ。今、結晶が“嫌がった”ように見えたんだけど」
「気のせいでしょ」
「気のせいですじゃ。……たぶん」
じいさんの目が、泳いでいた。
全員で手を置く。唱和する。
「「「「共に在るッ!!」」」」
結晶は——光った。目盛りが登り始める。30、50、70——90を超えたあたりで、目盛りの光は、ぴたりと止まった。
そして、ふっ、と全部消えた。
悲鳴も、明滅もなし。ただ静かに、測定をやめた。
「そ、測定不能……前回より、あきらめが早い……」
「学習しましたな、絆晶盤が」
「機械に諦められるパーティ、大陸初では?」
台帳には、こう記録された。『パーティ《腐れ縁》。Dランク。絆値、測定不能(二回目)』。二回目、の三文字が地味に恥ずかしい。
——その夜。ギルドの酒場は、貸し切りの祝勝会になった。
奢り主のドワーフたちが樽を転がしてきて、グスタフさんが上座で笑い、じいさんが静かに蒸留酒を舐める。リタさんは三杯目で職業スマイルが剥がれ、泣き上戸になった。
「皆ざんのぜいでぇ……台帳がぐちゃぐちゃなんですよぉ……測定不能(二回目)って、どこに書けばいいんですかぁ……」
「備考欄では?」
「備考欄はもういっぱいです〜〜!!」
隅の席では、ひなたが黙々と皿を積み上げていた。十二皿目である。祝勝会の会計が奢りで、本当によかった。
別の隅では、隼人がドワーフの胴元たちと、すっかり意気投合していた。
「兄ちゃん、いい度胸しとる!次の賭けの胴元、うちでやらんか!」
「マジすか。取り分は」
「乗るな!!俺たちのエースを賭場に沈めるな!!」
沙耶が首根っこを掴んで回収してきた。危ないところだった。俺たちのエースは、放牧すると換金される。
ちなみにリタさん(四杯目)は、俺の袖を掴んで管を巻き始めていた。
「けーごさんはぁ……いっつも、いっつも私の台帳を騒がせてぇ……責任、とってくださいよぉ……」
「ご婦人。酔った淑女の言葉を、紳士は言質に取らない主義です。水を飲みなさい」
「対応が今日だけ本当に紳士なのよね」
「ただし、酔って緩んだ襟元から目を逸らす精神力は、別料金だが」
「台無しよ!!視線を上げなさい!!」
「——楽しんでいるか、貴様ら」
声に振り向くと、ヘクトルさんが立っていた。手には、エールがふたつ。片方を、無言で俺に突き出してくる。
「え。俺に?」
「勘違いするな。これは査定の打ち上げだ。規定の、儀礼だ」
「はあ。……どうも」
受け取ると、ヘクトルさんは狼の耳をわずかに伏せて、そっぽを向いた。
「……昨日の、眼鏡の娘の風。あれは、良いものを見た。それと——貴様らの絆は、その、なんだ」
「なんです?」
「…………測定不能だな。いろんな意味で」
それだけ言って、ずんずん歩いていってしまった。素直に褒めることが、この世で一番苦手な男である。俺たちのパーティと、いい勝負だ。
「シリルさんたちも、来てますよ」
リタさん(泣き止んだ)に言われて振り向くと、《暁の誓約》の四人が、グラスを手にやってきた。
「圭吾さん。改めて——おめでとうございます」
「そちらこそ。Cランク、おめでとうございます」
「次にお会いする時は、正式な手合わせを。……あなた方の“汚い絆”、僕たちはもっと知りたい」
「表現、そのままなんですね」
握手。相変わらず、握力まで爽やかだった。その横で、ミアさんが沙耶に近づいた。
「沙耶さん!昨日の風、すごかったです!あの、よかったら今度、魔法の練習ご一緒しませんか?わたし、出力の調整なら少しは」
「え。あ……ええ、ぜひ」
「よかった!沙耶さんの“そよ風とコップ半分”、わたし、詩じゃなくて本当だったんだって、昨日わかったので!」
「その節は疑ってどうも!!」
天然は、今日も地雷の上でタップを踏んでいた。
——宴もたけなわ。俺は酔った勢いで、沙耶の帳面を覗き込んだ。
「で、会計係。我らの財政は今、どうなっている」
「……昇級の報奨と試験の報酬、それに主の件の残りを足して——現在、銀貨9枚と銅貨20枚」
「おお」
「つまり」
沙耶は、帳面をぱたんと閉じて、にやりと笑った。悪い顔だった。
「——“一発分”、貯まったわよ」
「「「おお……!!」」」
ひなたの発射許可、一回分の予算確保。俺たちの大砲に、初めて弾が込められた瞬間である。
「ん。撃っていいの?」
「まだよ。ここぞって時までとっておくの」
「はーい」
「なお撃った瞬間、我々の全財産は消し飛ぶ」
「最終兵器の維持費、重すぎない?」
——祝勝会の帰り際、リタさんが思い出したように言った。
「そうだ、皆さん。来週から“収穫祭”ですよ。フォルテの一番大きなお祭りです。屋台が、大通りにずーっと並びます」
ぴくり、と。
皿の山の向こうで、ひなたの耳が(比喩だ)動いた。
「……やたい」
「ひなたさん、目の色が」
「屋台が、ずーっと……?」
「あ、これはダメなやつね。全財産が屋台に消えるやつ」
「一発分の予算だけは死守するわよ!!絶対よ!!」
——帰り道。夜のフォルテは、魔法の街灯がぽつぽつと灯って、静かだった。
「なあ。俺たち、二週間前は無一文で野宿してたんだよな」
隼人が、ぽつりと言った。
「今やDランク。貯金は一発分。名前は台帳に二回載った」
「載り方は両方ひどいけどね」
「……悪くない異世界生活だな、と思ってさ」
「珍しくしみじみするじゃないか、隼人。……まあ、俺も同感だ」
「ん。あしたも、ごはんおいしいといいね」
「そうね。……そうねぇ」
夜空には、知らない星座。隣には、知り尽くした腐れ縁。
Dランク昇級、初日の夜。俺たちの財布の危機は、魔物より祭りの方が近いのだった。




