第13話 仲間割れのプロに挑むな
特例昇級試験、最終日。第三部——絆スキル運用審査。
ルールは単純だった。試験官と模擬戦をしながら、心を折りにくる“揺さぶり”に耐える。動揺して絆スキルが切れれば減点。パーティが崩壊すれば、不合格。
「つまり、戦いながら悪口を言われる試験」
「私たちの日常と何が違うの?」
「観客がいる」
会場の柵の外は、今日も満員だった。ドワーフの賭け板には『腐れ縁・崩壊する』1.5倍の文字。舐められている。
先攻は、《暁の誓約》だった。
ヘクトルさんの揺さぶりは、正直、えげつなかった。剣を交えながら、静かな声で、的確に急所を突く。
「シリル。貴様にだけ、王都の騎士団から誘いが来ているそうだな。……仲間を捨てて行くのか?」
「ミア。貴様の魔力量では、この隊の壁は張り切れん。自覚はあるか」
美しい隊列が、一瞬、揺れた。ミアさんの杖先が乱れ、ボルグの足が半歩ずれる。あの完璧な型が、ほんのひと呼吸だけ、ばらけた。
「——恐れるな!僕は、誰も置いていかない!」
シリルさんの声が、それを繋ぎ直した。隊列が戻る。型が戻る。……なるほど、あの絆は“型”でできている。乱れれば脆く、しかし信頼が型を呼び戻す。
《暁の誓約》、動揺を統御し、合格。
「次——《腐れ縁》、前へ!!」
ヘクトルさんが、例の辞書みたいな紙束を抱えて、俺たちの前に立った。狼の耳が、闘志でぴんと立っている。
「昨日までの借りを返す。……貴様らの絆、完膚なきまでに折らせてもらうぞ」
「お手柔らかに」
「開始ッッ!!」
模擬戦が始まった。俺たちはいつも通り、罵り合いながら逃げ回る。ヘクトルさんは追いながら、紙束の一枚目をめくった。
「圭吾ォ!!貴様の登録十日間の変態言動、記録は全部で三十八件だ!!仲間はどう思っているだろうなあ!!」
「三十八?」
俺は、走りながら首を傾げた。
「おかしいな。俺の記録では五十二件のはずだが」
「自己申告の方が多い!?」
「揺さぶるなら正確にやってもらおう!紳士の活動を過少に見積もるな!!」
「なんで誇るんだ貴様ァ!!」
ばさり。二枚目。
「隼人ォ!!貴様、故郷で不健全な資料を大量に隠し持っていたと仲間が証言している!!」
「その暴露、神様が初日にやった」
「二番煎じよ、教官」
「もっと新しいネタ持ってこいって」
「なんだその謎の余裕は!!」
ばさり。三枚目。
「沙耶ァ!!貴様の眼鏡は伊達で、優等生ぶった空回りは通算三百三十三件——」
「先週から皆で数えてます」
「知っとるのか!?全部!?」
効かない。効くわけがない。ヘクトルさんが徹夜で調べ上げた俺たちの恥は、俺たちが十年かけて擦り倒した定番ネタである。それどころか——
「おい、見ろ。体が軽い」
「暴露されるたび、誰かがツッコむ。ツッコミは罵倒。罵倒は——燃料」
【売り言葉に買い言葉】の光が、かつてなく強く、足元で輝いていた。ヘクトルさんの模擬剣が、もう完全に空を切っている。
「ば、馬鹿な……暴くほどに、強くなるだと……!?」
「教官。俺たちの絆は、隠し事で出来てないんですよ」
「全部晒して、全部擦って、全部笑いにしてきたんで」
「弱みっていうか、持ちネタ?」
「じゃくてん、おいしくないよ?」
ヘクトルさんは、紙束を取り落とした。愕然と膝をつき——そして、何かに気づいた顔で、ゆらりと立ち上がった。
「……そうか。読めたぞ、貴様らの仕組み」
狼の耳が、獲物を見つけた角度に傾く。
「貴様らの絆スキルは、罵倒で駆動する。罵倒は、貴様らにとって呼吸だ。恥もない、痛みもない。——ならば」
ヘクトルさんは、にやりと笑った。嫌な予感がした。
「今からその模擬戦、続行だ。ただし——“互いを褒め合いながら”、な」
「「「「は?」」」」
「聞こえなかったか?罵倒を禁ずる。今この場で、互いへの感謝と賞賛を、声に出して言い合ってもらう。……できなければ、貴様らの絆とやらは、その程度ということだ」
会場が、ざわめいた。
俺たちは——固まった。
「ほ、褒め……」
「褒め合う……?俺たちが……?」
「感謝を……声に……?」
「むり」
即答したひなたを、誰も咎められなかった。
その瞬間、ふっ、と体が重くなった。
【売り言葉に買い言葉】が——揺らいでいる。罵倒が止まった途端、スキルの光が細り始めた。
「ほうら、どうした!!動けなくなってきたなあ!!」
ヘクトルさんの剣が、初めて俺たちを掠め始めた。まずい。この試験、初めて、まずい。
「け、圭吾!お前は、その……か、加護が、有能……で……」
「隼人、無理をするな!声が死んでる!」
「さ、沙耶は……経理が、几帳面、で……」
「あんたも死んでるわよ声が!!……ひ、ひなたは、その、よく食べて、えらい……」
「ん。……さやも、めがね、にあう」
「うっ……!!」
駄目だ。褒め言葉が全員、致命傷になっている。スキルの光が、消えかけている。ヘクトルさんの剣が、隼人の模擬剣を弾き飛ばした。
「見えたぞ、化けの皮の下!!貴様らの絆は、照れ隠しの裏返し!!本音を言えん臆病者の集まりだ!!」
——その言葉に。
一番小さく、一番深く、傷ついた音を立てたのは、沙耶だった。
「……病者……」
「沙耶?」
「臆病者って、言った?私たちが?本音を言えないって?」
沙耶が、立ち止まった。眼鏡を、ゆっくりと外す。逃げ回るのをやめて、ヘクトルさんを正面から睨んだ。
「言えるわよ、本音くらい」
「ほう。なら言ってみろ。貴様はこの仲間たちを、本当は——」
「大っっっ嫌いで、大好きに決まってるでしょうが————ッッ!!」
風が、吹いた。
比喩ではない。沙耶を中心に、本物の風が渦を巻いた。そよ風しか出せなかったはずの二属性が、髪を巻き上げ、砂を舞わせ、ヘクトルさんの体勢を大きく煽った。
「なッ——!?」
「変態の面倒を見るのも!隼人の悪知恵の尻拭いも!ひなたの食費の計算も!全っ部うんざりで——全部、私の毎日なのよ!!返品は受け付けない!!文句ある!?」
——これは、絆スキルの光じゃない。
初日の、リタさんの説明を思い出す。“この世界では、仲間との絆と、自分の本性が力になります”。
絆が前者なら、今のは——後者だ。
演出を脱ぎ捨てた、素の沙耶。「品行方正な自分」を初めて投げ捨てた本性が、そよ風の壁を、内側からぶち破ったのだ。
そして、つられるように——俺たちの足元の【売り言葉に買い言葉】まで、かつてない輝きを放ち始めた。なるほど、本音は最上級の“売り言葉”らしい。体が、羽根みたいに軽い。全員の呼吸が、完全に、ひとつになる。
「……素が出たな、沙耶」
「うるさい!!今のはノーカン!!カウントもしないで!!」
「三百三十四件目——いや」
俺は、笑った。
「今のは、空回りじゃない。……行くぞ、お前ら!!」
そこからは、一方的だった。
風に煽られたヘクトルさんに、強化された隼人が肉薄し、黒パンが足元を転がり、俺の看破が全ての軌道を読み上げる。三十秒後——模擬剣は、三本同時に、ヘクトルさんの喉元に突きつけられていた。
「——審査ァ、終了ォォ!!」
やぐらの上のグスタフさんの声に、会場が、割れた。
ヘクトルさんは、大の字に倒れたまま、天を仰いでいた。
「……なんなんだ……なんなんだよ、貴様らは……」
「仲間割れのプロに、仲間割れを仕掛けた結果です」
「教官の完敗っすね」
「はんせいして?」
「疲れた……もう、疲れたわよ、私は……」
眼鏡をかけ直した沙耶は、真っ赤な顔で、もう誰とも目を合わせなかった。
——ただ、一つだけ。
倒れたままのヘクトルさんが、ぽつりと呟いたのを、俺の耳は拾っていた。
「……あの眼鏡の娘。素が出た一瞬だけ……出力が、化けたな」
……ほう?




