第12話 討伐依頼、討伐せず
特例昇級試験、二日目。第二部は、実地の依頼査定である。
受験パーティは実際の依頼を一件こなし、査定員がそれに同行して、仕事ぶりを採点する。《暁の誓約》は王都街道の商隊護衛へ。そして俺たち《腐れ縁》に割り当てられたのは——
『コルン村より。畑を荒らすゴブリン数匹の討伐。危険度、低』
「危険度・低」
「「「「(嫌な予感)」」」」
前科があるだけに、依頼書を持つ手が重い。しかも、である。
「……で、なんで査定員があなたなんですか」
「志願した」
同行者は、昨日敗北したばかりの試験官・ヘクトルさんだった。軍服風の襟を正し、狼の耳をぴんと立てて、俺たちを順に睨む。
「貴様らの化けの皮は、早めに剥ぐに限る。今日一日、その“汚い連携”とやらの正体を、間近で見極めさせてもらう」
「はあ。まあ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますじゃない!昨日の礼はまだ返しとらんぞ!」
「(根に持つタイプの教官だ)」
「(執念深いわね)」
「聞こえているぞ貴様ら!!」
獣人の聴覚に、内緒話は通じない。俺たちは道中、ヘクトルさんに「正しい挨拶」「正しい歩幅」「正しい報告の仕方」を延々と仕込まれながら、北西へ半日、コルン村へ向かった。
——コルン村は、麦畑に囲まれた、絵に描いたような農村だった。
「おお、冒険者様……!ようこそ、ようこそ……」
出迎えてくれた村長さんは、腰の曲がったおじいさんだった。その後ろから、村のおばあちゃんたちが、ぞろぞろと顔を出す。
「まあまあ、若いのに偉いねえ」
「ご婦人方、お初にお目にかかる」
俺は、姿勢を正し、紳士の礼をとった。
「フォルテの冒険者、《腐れ縁》の圭吾。以後、お見知りおきを。——時にご婦人、その髪飾り、実にお似合いだ。五十年前はさぞ村一番の華だったとお見受けする」
「あらまあ!あらあらまあまあ!!」
おばあちゃんたちが、一斉に色めき立った。
「今もお美しい、の間違いでしょう、だって?まあまあまあ!」
「言ってないですよ、そこまでは」
「沙耶、水を差すな。紳士の社交だ」
「うちの孫娘に会っていかんかね、あんた!」
「変態紳士、シニア層に強い……」
隼人が、真顔で何かを学んでいた。学ぶな。
「談笑を切り上げろ!仕事だ!」
ヘクトルさんに追い立てられ、俺たちは現場の畑へ向かった。
——被害は、想像より侘しかった。
囓られた芋。荒らされた畝。納屋の隅に転がる、食い散らかしの跡。そして納屋の陰に、そいつらは居た。
ゴブリンだ。緑の肌の小鬼が、五匹。
「敵発見。討伐対象、確認」
ヘクトルさんが査定板に何かを書き込む。俺は——その五匹を、正面から視た。
加護が、淡々と情報を流し込んでくる。
——飢餓状態。極度の疲労。怯え。負傷、二匹。敵意——ほぼ、なし。
「……おい、お前ら。ちょっと待て」
「どうしたの」
「あいつら、腹を空かせて怯えてるだけだ。敵意がほとんどない。あと二匹、怪我してる」
「「「…………」」」
俺たちは、いつもの円陣を組んだ。
「会議だ。——沙耶、ひなたの発射許可は」
「出ません。というか五匹のゴブリンに大砲はいらないでしょ、過剰火力よ」
「隼人、戦ったらどうなる」
「そりゃ勝つよ。勝つけど……なんつーか、今日の俺、あんまり調子よくないんだよな」
「危険度が低い、ってことね」
「つまり、あれは“戦う相手”ですらない、と」
円陣の外から、ヘクトルさんの声が飛んだ。
「おい。何をごちゃごちゃと。討伐依頼だぞ、討伐しろ」
「ヘクトルさん。ひとつ聞いていいですか」
俺は、依頼書を掲げた。
「この依頼の本当の目的は“ゴブリンを殺すこと”ですか。それとも“畑の被害を止めること”ですか」
「……む」
ヘクトルさんの狼耳が、ぴくりと揺れた。
「ひなた。出番だ」
「ん」
ひなたは、荷物から黒パンを取り出すと——納屋の陰に向かって、ころころと転がした。
ゴブリンたちが、飛びついた。石のようなパンに、必死で齧りつく。その姿を見て、ひなたは自分の袋から追加を二個、無言で転がした。あいつの食料を、あいつが自分から差し出した。事件である。
「グ……ギ……」
一番大きいゴブリンが、警戒しながら、こちらを見た。亜人型のゴブリンは、片言なら言葉が通じる。俺は、しゃがんで目線を合わせた。
「お前たち、どこから来た」
「……モリ。オワレタ」
「森を、追われた?」
「オオキイノ、イナクナッタ。カワリ、ミンナ、キタ。オレタチ、オサレタ」
「「「「…………あ」」」」
俺たちは、そっと目を逸らし合った。
大きいの。いなくなった。——心当たりが、ありすぎた。モーラ森林の主。俺たちが狩った、あの特大ボアである。主が消えた縄張りに他の魔物がなだれ込み、押し出された弱いゴブリンが、人里まで流れてきた——そういうことらしい。
「……つまり、この件、遠因は俺たち」
「言わないで。査定員が聞いてる」
「全部聞こえているぞ」
ヘクトルさんが、こめかみを押さえていた。
——方針は、決まった。討伐は、しない。
村の被害を止め、ゴブリンに新しい住処を与える。北の丘の向こうに、手頃な森があると村長さんが言った。俺たちは黒パンを餌に、五匹のゴブリンをぞろぞろと引き連れて、半日がかりの護送クエストを敢行した。
「グギ。パン、ウマイ」
「だろうな。武器にもなるぞ」
「ブキ?」
「気にするな」
道中、ゴブリンたちはすっかりひなたに懐いた。食い物をくれる相手を、彼らは間違えない。丘を越え、新しい森の入り口で、五匹は何度も振り返りながら、木々の奥へ消えていった。
「……行っちゃった」
「寂しそうな顔をするな、ひなた。飼うのは無しだぞ、無し」
「ん。……ばいばい」
——夕暮れ。コルン村への帰り道。
査定板を抱えたヘクトルさんは、ずっと難しい顔で唸っていた。
「討伐依頼を、討伐せずに完了……村の被害はゼロ、ゴブリンの死体もゼロ、経費は黒パン五個……こんな査定、書式のどこに書けばいいんだ……」
「備考欄では?」
「備考欄に収まるか!!」
村に戻ると、村長さんとおばあちゃんたちが総出で迎えてくれた。畑は守られ、誰も死なず、報酬の銅貨150枚に、芋がひと袋おまけについた。
「圭吾さんや、また来ておくれね」
「無論です、ご婦人方。紳士に二言はない」
「シニア層の心、完全に掌握してるのよね……」
「ちなみに芋ひと袋は串焼き換算で——」
「換算しなくていいわよ」
——帰りの馬車で、ヘクトルさんが、ぽつりと言った。
「……貴様らのやり方は、規律もなく、型もなく、礼儀もなっとらん」
「はあ」
「だが」
狼の耳が、ふい、と横を向いた。
「……嫌いでは、なかった。今日のは」
「「「「えっ」」」」
「聞こえなかったなら、いい!!——それとだ!!」
ヘクトルさんは、荷物から分厚い紙束を、どさりと取り出した。
「明日は最終審査。“絆スキル運用審査”——この俺が、貴様らを徹底的に仲間割れさせる。そのために、貴様らの登録以降の全記録を調べ上げた。醜聞、失態、弱み——全部ここにある。覚悟しておけ」
紙束の厚さは、辞書ほどもあった。登録から十日足らずで、よくそれだけ集まったものである。
俺たちは、順番にそれを眺め——それから、顔を見合わせて、にんまりと笑った。
「(なあ。あれ、全部)」
「(ええ。全部)」
「(“燃料”だよなあ)」
明日、俺たちの絆の化けの皮が剥がれる。……剥がれた下から何が出てくるか、教官はまだ知らない。




