第11話 汚い連携と褒められた
特例昇級試験、当日の朝。
ギルド裏の大訓練場は、ちょっとした祭りになっていた。
柵の外には野次馬の冒険者がずらり。犬耳の獣人が身を乗り出し、ドワーフの一団が朝から賭けを始め、どこかのエルフが優雅に観戦席を確保している。聞こえてくる噂話は、二組の受験者の名前ばかりだった。
片や——期待の星、《暁の誓約》。
片や——例の、《腐れ縁》。
「なんか、俺たちの名前の前だけ“例の”って付くんだけど」
「実績のせいでしょ。主に、森を消したあたりの」
柵の向こうでは、ドワーフたちが賭けの胴元を始めていた。倍率が板に書かれている。《暁の誓約》の合格、1.2倍。《腐れ縁》の合格、11倍。
「おい見ろ、俺たち11倍だぞ。舐められてんなあ」
「……なあ、沙耶。残高、いくらだっけ」
「銀貨1枚と銅貨8枚。——って、まさかあんた」
「俺たちが俺たちに賭ける。合格すれば十一倍。これは投資だ」
「受験者が自分に賭けるな!!規約違反で全部飛ぶわよ!!」
「ちっ」
「今、舌打ちしたわね?二人とも今、完全に本気だったわね?」
やぐらの上から、グスタフさんの声が響いた。
「揃ってるな!これより、特例昇級試験を始める!第一部は実技——試験官への模擬戦だ!武器は刃引き、魔法は非殺傷等級まで!……で、だ。試験官を紹介する」
グスタフさんの隣に、長身の影が立った。
灰色の髪。ぴんと立った狼の耳。軍服みたいに着込んだ制服の、襟の先まで一分の隙もない——狼の獣人だった。
「試験官を務める、ヘクトルだ。元Bランク。……礼と、規律と、連携。冒険者に必要な三つを見る」
低い声が、訓練場の空気をぴしりと引き締めた。
「(おい、聞いたか。礼と規律だってよ)」
「(私たちに一番ない三つが来たわね)」
「(帰っていい?)」
「(私語をやめろ、聞こえるぞ)」
ヘクトルさんの狼耳が、ぴくり、とこちらを向いた。獣人の聴覚を、俺たちは甘く見ていた。
「——そこの四人。試験前から減点されたいか」
「「「「すみませんでした」」」」
「(おい、条件反射で謝るの、そろそろ癖になってるぞ俺たち)」
先攻は、《暁の誓約》だった。
そして、それは——お手本というものを、初めて見た気分だった。
シリルさんの剣が正面を制し、槍が側面を塞ぎ、盾が退路を守る。ミアさんの支援魔法が、途切れることなく三人を包む。ヘクトルさんの鋭い突進を、四人は隊形を一度も崩さずに受け切った。
「美しい……」
「連携って、ああやるのね……」
ちなみにミアさんの詠唱姿は見事だった。主に杖さばきが。視線を顔の高さに固定するのに、俺は紳士力の八割を消費した。残りの二割で拍手をした。
「模擬戦、終了!《暁の誓約》——文句なしの合格点だ!」
割れるような拍手。シリルさんたちは、汗ひとつかかず一礼した。眩しい。今日も眩しい。
「次——《腐れ縁》、前へ!」
俺たちは柵の中に入り、円陣を組んだ。まずは、いつもの会議である。
「よし。作戦確認だ。沙耶、残高」
「銀貨1枚と銅貨8枚」
「ひなた、発射許可は」
「出ません」
経理は無情である。ひなたは「はーい」と、ぽてぽて逃げ回り組の位置についた。本日の布陣——大砲は封印、エース隼人、残り三人は“走る応援団”。
「おい、そこの四人」
ヘクトルさんの眉が、ぴくぴくしていた。
「なぜ、魔法使いの娘を後ろに下げる。貴様らの最大戦力だろう」
「予算の都合です」
「……よさん?」
「気にしないでください。こっちの事情です」
「試験前から俺を混乱させるな!!——構え!!始めッ!!」
開始の合図と同時に、俺たちは全力で逃げた。
「散れッ!!沙耶、右だ右!遅いぞ、その足は飾りか!?」
「あんたこそ今、完全に迷子の走り方だったでしょ!!心の目とやらはどうしたのよ!!」
「心の目は今、別のものを視ている!——来るぞ、左!ヘクトルさんは右利き、初撃は必ず左から回る!!」
加護は、便利だった。ヘクトルさんの筋肉の張り、重心、癖。全部視える。当たらなければ、どうということはない。
「ちょこまかと……逃げるだけでは、試験にならんぞ!!」
「逃げてない!!これは“戦術”だ!!」
宣言した直後、風が唸った。ヘクトルさんの本気の踏み込み。狼の脚力は、伊達ではなかった。
「ぬるいわァッ!!」
「速っ——沙耶、伏せろ!!」
「きゃっ——ちょ、今、髪掠めたんですけど!?」
「掠めただけありがたいと思え!ほら立て、走れ、口を動かせ!止まったら終わりだぞ!」
「分かってるわよ!!この、朝から変態の指図で走らされる人生、何なのよ!!」
「その罵倒いいぞ、もっとくれ!!」
「体が軽くなるのが本当に腹立つ!!」
罵り合えば罵り合うほど、俺たちは速くなる。ヘクトルさんの爪が、突きが、面白いように空を切り始めた。
「隼人ォ!調子はどうだ!」
「Bランク相手とか、最ッ高に調子いいわ!!」
罵倒と実況が飛び交うたび、【売り言葉に買い言葉】の光が足元で強くなる。強化された隼人が、ヘクトルさんの突進に正面から打ち合った。刃引きの剣と剣が、鈍い音を立てて噛み合う。
「ほう——ッ!?」
「そらそら教官殿、脇が甘いんじゃないっすか!」
「減点だ貴様ァ!!」
「ひなた!弾持ってこい!例のやつだ!」
「ん。残弾、八」
「補給管理まで完璧か、俺たちの兵站は」
ひなたが、逃げ回りながら黒パンを投げてきた。俺はそれを受け取り——投げ返した。ヘクトルさんの、足元へ。
「なんだこの硬い物体は!?パンか!?パンなのか!?」
「弊パーティの正式装備です!!」
踏んだヘクトルさんの体勢が、一瞬崩れる。隼人の剣が、その隙に喉元へ、ぴたりと突きつけられた。
——場内、静寂。
「…………ま」
ヘクトルさんは、剣を下ろして、天を仰いだ。
「まさか、この俺が……罵り合いと、パンで……」
「模擬戦、終了ォ!!」
やぐらの上で、グスタフさんが腹を抱えて笑っていた。観客席は、拍手と爆笑が半々だった。ドワーフの賭けは、大荒れらしかった。
「なんだ、その……その、“汚い連携”は!!」
ヘクトルさんが、髪を逆立てて吠えた。俺は、胸を張って答えた。
「褒め言葉として、受け取ろう!!」
「褒めてない!!」
やぐらの上では、ヘクトルさんがグスタフさんに食ってかかっていた。少し聞こえてくる。
「支部長。本気で、あれを通すおつもりですか」
「ガハハ。面白かっただろう?」
「面白さで冒険者の等級を決めないでいただきたい!!」
「なら聞くが——お前、あいつらに勝てたか?」
「…………次は勝ちます」
「ガハハハハ!」
——結果発表。
《暁の誓約》、模範的合格。
《腐れ縁》、「型破りにも程があるが、実戦的」として、保留付き通過。
「言っておくが」
解散間際、ヘクトルさんが俺たちの前に立った。狼の目が、すっ、と細くなる。
「第三部の“絆スキル運用審査”は、この俺が担当する。……貴様らのそのふざけた絆とやらの化けの皮、必ず剥いでやる。覚悟しておけ」
言い捨てて、去っていく背中を見送りながら、俺たちは顔を見合わせた。
「……仲間割れを仕掛けてくる担当が、俺たちに宣戦布告してきたわけだが」
「毎日仲間割れしてる俺たちに、なあ」
「プロに喧嘩を売ったわね、あの人」
「おなかすいた」
明日は第二部、依頼遂行の査定。だが本当の勝負は——その先にある。




