第136話 囲炉裏の、講義
翌朝、里長の囲炉裏に、俺たちの五人と姉御、そしてゴルドが集まった。
まず、こちらの持ち札を、全部、開いた。白い巡礼。灰色の巡礼。整える、という言葉。淀みと芯の工房。暁の誓約の一件。石碑の古体。……半年分の観測を、洗いざらいである。
里長は、細い目を閉じて、最後まで聞いた。聞き終えて、長い、長い息を吐いた。
「……南で、そこまで視て、そこまで戦うた人間がおったとはな。礼を言いますぞ、客人がた」
「それで、里長。こちらの知りたいことだが」
「うむ。“ほどくもの”の話、じゃな」
里長は、囲炉裏の灰を、火箸で、ゆっくりとならした。
「夜の民には、古い言い伝えがある。世界の糸の話じゃ。……世界はな、頭領。編み物なのじゃよ。土地と土地、人と人、生き物と生き物。すべては、糸で結ばれて、編まれて、この形をしとる」
「絆スキルの、大本の理屈か」
「そう。で————編み物にはな、二種類の手が、ある」
火箸が、灰に、二本の線を引いた。
「結ぶ手と、ほどく手。……どちらも、要る。ほどけん編み物は、いずれ、固まって、死ぬ。じゃから、ほどく手も、本来は、世界の仕組みの一部での」
「本来は、と言ったな」
「言うた。五十年ほど前からじゃ。ほどく手の様子が、おかしゅうなった」
囲炉裏の火が、爆ぜた。
「ほどいて、結び直すために、ほどくのではのうて。……ほどいたきり、二度と結ばせぬために、ほどく。糸を、まっすぐに、綺麗に、伸ばしたきりにする。お前さんがたの言う“整える”じゃ」
「……白い巡礼は、その“おかしくなったほどく手”の、末端ということか」
「じゃろうな。灰色は————数える手。ほどく前に、目録を作っとるんじゃろ。……何の目録かは、わしにも分からん」
なお、この重要な講義の途中、ゴルドが二度、船を漕いだ。
「ゴルド。寝るなら外で寝なさい」
「ね、寝てません里長!!目を閉じて、耳に集中を!!」
「ほう。では今の話を要約してみい」
「……糸は、その、結んだり、ほどいたり」
「零点じゃ」
「私の講座にも居たな、こういう生徒」
「誰のことだ!!」
(隼人である)
沙耶が、手を挙げた。
「里長さま。ひとつ、伺いたいことが。“素”の力のことです」
昨夜から聞きたかったのだろう、声が、少し急いていた。
「心の底を晒すと出る力。私たちの世界の文献には、記録がありません。でも、白い巡礼は、あれを“整える前の原型”と呼びました。夜の民には————伝わっていますか」
里長の細い目が、開いた。
「“素還り(すがえり)”じゃな」
「すがえり」
「心の、いちばん底の間に、還ること。夜の民の古い言葉じゃ。……伝わっとるとも。伝わっとるが————使い手は、もう、おらん。百年、聞かん」
「なぜ、です」
「怖いからじゃよ」
里長は、こともなげに言った。
「素還りはな、お嬢。心の底を、他人の前で、素っ裸にする力じゃ。強い。恐ろしく強い。……じゃが、恥ずかしい。誰にも見せたくない、いちばん柔い場所を、晒け出すんじゃから。英雄ほど、使わん。名のある者ほど、格好がつかんでな」
「「「「…………」」」」
「じゃから、記録も残らん。使い手が、おらんのじゃから。……南の文献にないのも、道理よ。して、お嬢」
細い目が、沙耶を、ひたりと見た。
「なぜ、それを聞きなさる」
「…………使ったんです、私。二回。素還りを、たぶん」
囲炉裏が、静まり返った。
里長は、沙耶を、長いこと、見た。それから、ゴルドに向かって、静かに言った。
「ゴルド。“糸の間”の、鍵を」
「里長!?あの部屋は」
「開けるんじゃよ。……素還りの使い手が、南から歩いてきたんじゃ。見せねばならんものが、ある」
なお、散会後、零点のゴルドには、ヴィク先生の補習が科された。
「糸の話を、要約。三回目だぞ」
「え、ええと……世界は編み物で、結ぶ手とほどく手があって……ほどく手が、五十年前から、こう、ぐれた」
「……ぐれた、は、要約として満点だ。悔しいが」
「よっしゃ!!」
「調子に乗るな。次は“素還り”を要約」
「心のパンツを脱ぐ力」
「誰がパンツと言った!!」
(なお、この要約は的確すぎて、以後俺たちの内部用語になった。罪深い男である)
火箸が、灰の上の二本の線を、そっと、結んだ。




