第135話 歓待の掟
夜の民の歓待には、掟が三つある、と里長は言った。
「一つ。火の近くに座ること。遠慮は、無礼」
「教官の教えと同じだ!!最前列、頂きます!!」
「二つ。出された椀は、空にすること。残すは、縁の残し」
「ん。まかせて」
「三つ。歌うこと。下手でよい。声を、火にくべるのが、礼」
「「「「歌!?」」」」
かくして、里の広場の大焚き火を囲んで、歓待の宴である(掟なので、宴の圧縮方針の例外である。経理が認めた)。
——飯は、圧巻だった。
凍り餅の汁物。岩塩で焼いた山の獣。木の実の練り菓子。どれも、素材が強い。北の飯は、寒さと引き換えの濃さをしていた。
「ん。……ん!!……んん!!」
「兵站長の語彙が消えるほどうまいらしい」
「里の若い衆!!椀が空いたぞ!!南の姫に、次を!!」
「はやい!!もう三杯目だぞ!?」
ひなたは、掟その二を、大陸最高水準で遵守した。里の台所衆が、途中から対抗心を燃やし始め、最終的に「南の姫に食べ切れなかった料理はない」という新たな伝承が、この夜、里に生まれた。
——そして、掟その三である。
「では、客人がた。歌を、火に」
「よし、俺が先陣を————」
沙耶に、襟首を確保された。
「あんたはまだ早い。取っておきなさい」
先陣は、姉御だった。酒場仕込みの、陽気な南の飲み歌。里の衆は手拍子で応え、二番からは勝手に低音の唱和がついた。夜の民は、歌の民でもあった。
続いて、《酔いどれ猫》の三人が漁師の歌を、隼人が(嫌がりながら)数え歌を、沙耶が(完璧な音程で)王都の流行歌を歌った。
意外な大当たりは、隼人の数え歌だった。金勘定の数え歌(フォルテの商人のやつ)を嫌々歌ったところ、勘定に細かい北の男たちのド真ん中に刺さったのである。
「「「もういっかい!!」」」
「まさかのアンコール!?」
三回歌わされた隼人は、そのまま里の若い衆に囲まれ、宴の隅で腕相撲大会が発生した。結果は、五連敗(安全な宴では常人以下)ののち、大男が本気の圧をかけてきた六戦目だけ勝利(危険度で覚醒)という、実に隼人らしい戦績だった。
「お前の強さ、ほんとに分かりにくいな!!」
「俺が一番そう思ってるよ!!」
「ん。あたしの、ばん」
ひなたは、立ち上がって、短い歌を歌った。フォルテの、屋台の呼び込みの節だった。飯の歌である。里の子供らが、一発で覚えて、合唱になった。
「次。ヴィク様」
里長の細い目が、ヴィクを見た。様付けを、今回は、誰も訂正しなかった。
ヴィクは、火の前に、立った。
少し迷って、深く息を吸って————歌い始めた。
低い、静かな歌だった。北方古語。聞き覚えのある巻き音。あの浄化の詠唱と、同じ系譜の————けれど、もっと柔らかい、子守唄のような節。
里の衆が、一人、また一人と、口を閉じた。
年寄りたちの目が、揺れた。誰かが、袖で目元を押さえた。
歌が終わると、広場は、静かだった。焚き火の爆ぜる音だけが、しばらく、鳴っていた。
「……今のは、“灯の歌”じゃな」
里長が、囁くように言った。
「灯の歌は、あの御家の、揺り籠の歌。……今の節回しを知っとる者は、もう、この世に幾人もおらん。誰に、習いなさった」
「…………ばあやに」
「そうか。そうか。あの御方は、まだ、歌を」
里長は、それ以上、聞かなかった。聞かない、という礼儀を、この里の全員が、共有しているようだった。
——最後に、俺の番が来た。
「客人の頭領。締めの歌を」
「頭領ではないが、承った。では、我が故郷の歌を」
俺は、立ち上がり、朗々と歌い上げた。フォルテの子供らの、あの歌である。
「めいふのふちよりはいいでしー、かげよー」
「「「「それ、あんたの悪口の歌なのよ!!」」」」
「良い歌なので!!」
里の衆は、意味も分からず大笑いし、節を覚え、唱和した。かくして「くちじょうずのざこ」は、国境を越えた。文化交流(不本意)である。
宴の締めは、里長の短い挨拶だった。
「客人がた。今宵の歌と椀、確かに、火にくべ申した。————夜の民の言い方で、これで、あんたがたは“他人”ではのうなった。“縁者”じゃ。……次からは、縁鈴を、遠慮のう鳴らしなされ」
「「「「「(略式で)」」」」」
「ほっほ。学習が早いの」
——宴の帰り際、里長が、俺を呼び止めた。
「頭領。明日、囲炉裏で、話をしましょ。南の“ほどくもの”の話。それと」
細い目が、焚き火の向こうの、ヴィクの背中に向いた。
「あの御方が、これから向かう場所の話を、な」
夜の民の里の夜空に、北の帯が、静かに流れていた。




