第134話 角の里
里の門をくぐった瞬間、俺たちは、逆転した世界に居た。
角が、普通なのである。
行き交う人々の頭に、大小さまざまの角。巻いたの、尖ったの、枝分かれしたの。子供の小さな角には、毛糸の飾りが編み込まれ、年寄りの立派な角には、磨きの艶があった。
そして、視線を集めるのは————俺たちの方だった。
「かあちゃん、みて!!つのが、ないひとたちだ!!」
「こら!!指をさすんじゃありません!!……すみませんね、南の方。うちの子、角のない方を初めて見るもので」
「お構いなく。俺たちの村でも、逆のことが起きたので」
「(立場が完全に逆転してるわね……)」
「(ん。つのが、ないほうが、めずらしい。……へんなかんじ)」
隼人が、しみじみと、自分の頭を撫でた。
「なんかよ、俺、生まれて初めて“角がなくて申し訳ない”って気分になってんだよな」
「その感想が旅の収穫なのよ、たぶん」
そして、一番注目を集めたのは、ヴィクだった。
九人連れの中に、一人だけ、角の主。しかも————里の人々は、ヴィクの顔を見ると、皆、一様に、はっとして、足を止めるのである。関守と、同じ反応だった。
「(……また、だな)」
「(ええ。……みんな、顔を見て、何かに気づいて、何も言わずに、頭を下げていく)」
ヴィクは、視線の集中に、フードを被りかけて————やめた。やめて、背筋を伸ばして、歩いた。
「(お、被らなかったわね)」
「(ん。えらい)」
「(五年前の私は、ここでも、被ってたからな。……もう、やめたんだ、それは)」
——里の中は、発見の連続だった。
家々の戸口の鈴は「縁鈴」といい、家族の数だけ下げるのが習わしだという。訪う者は、鈴を、人数分鳴らす。
縁鈴の習わしを聞いて、俺たちは早速、訪問の練習をした。ゴルドの家の戸口で、である。
「人数分、鳴らすんだったな。————九回!!」
ちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりん。
「うるせえ!!九人はまとめて三回でいい!!略式がある!!」
「先に言われよ!!」
「略式を知らない客が九回鳴らすの、五十年ぶりに聞いたわ」と、ゴルドの奥方に笑われた。文化は、体で覚えるものである。
湯屋があった。「夜の民も、風呂に入るのか!!」と俺が感動したら、ゴルドに「入るわ!!南の連中は俺たちを何だと思ってるんだ!!」と怒られた。正しい怒りである。
市場があった。凍り餅の屋台に、ひなたが吸い込まれ、三軒目で早くも「南の大食い姫」の二つ名が発生した。仕事が早い。
そして、掲示板があった。ギルドの依頼板と、ほぼ同じ役割のものが。
「討伐、採取、修繕……やってることが、フォルテと変わらんな」
「当たり前だ。暮らしてるんだからな、こっちも」
ゴルドが、肩をすくめた。
「南の連中は、夜の民が毎晩、闇の儀式でもやってると思ってるんだろ」
「思ってた側の代表として謝罪する。……ちなみに、闇の儀式は、ないのか。少しも」
「あるか!!……いや、待て。年に一度の“灯り籠め”は、傍から見たら儀式か。冬至の夜に、里中の灯りを一斉に消して、一斉に点け直すんだ。“闇は、点け直すためにある”ってな」
「格好いい!!!!」
「お、おう?」
「その行事、絶対に見たい!!いつだ!!冬至は過ぎたのか!!来年か!!」
「お前の連れ、急にどうした」
「持病です。慣れてください」
市場では、歴史的な瞬間もあった。里の子供が、ひなたに「つののないあたま、さわっていい?」と聞いてきたのである。コルン村の逆再生だった。
「ん。どうぞ」
「つるつるだ!!」「かどが、ない!!」「ふしぎ!!」
「(この光景、コルン村で見たわね……立場逆で)」
「(世界のどこでも、子供は手触りで異文化を理解するんだな)」
なお俺は、子供らに「くろいひとのあたまも」と請われ、撫でられながら「諸君、これが漆黒の手触りである」と講義して、保護者の方々に生温かく見守られた。国際交流である。
——夕方。里長の家に、通された。
大きな囲炉裏。太い梁。壁一面の、古い織物。そして、囲炉裏の奥に、小柄な老婆が、座っていた。
白い髪。左右に流れた、年輪のような角。閉じているのかと思うほど細い目が、俺たちを————正確には、ヴィクを、ひたりと見た。
「……ようも、まあ」
老婆の声は、囲炉裏の火のように、低く、温かかった。
「ようも、まあ、大きゅうなって。お帰りなさいませ」
里長は、その場で、床に手をついた。
「「「「…………」」」」
「や、やめてくれ、里長。手をつくのは。私は、ただの旅の者で」
「はいはい。“ただの旅の者”さま、ですな」
老婆は、頭を上げて、細い目を、さらに細めた。
「なら、ただの旅の者さまとして、歓待いたしましょ。今夜は、里をあげての“客人の礼”じゃ。夜の民の歓待、とくと受けていかれよ」
囲炉裏の火が、爆ぜた。
歓待の夜が、始まろうとしていた。




