第133話 夜の民
夜の民との、二度目の接触は、翌日の昼に来た。
雪原の先の林から、三つの人影が、まっすぐこちらへ歩いてきたのである。灯りを、掲げて。正面から。
「(来たわね。……礼儀の国の、礼儀の接近だわ)」
「(こちらも灯りだ。総員、掲げよ)」
三人は、魔族の斥候隊だった。先頭の男は、岩みたいな体格に、立派な巻き角。腰の得物は、使い込まれた大斧である。
「南から来た九人組と、聞いている。関守から、報せが回った」
声は、太く、様子見の色をしていた。
「里まで、案内する。……が、その前に、ひとつ、確かめたい。あんたらは、夜の民を、どう思って、ここへ来た」
直球だった。北の流儀は、どこまでも正面からである。
俺は、一歩前に出て、正面から、答えた。
「あんたがたの伝承は、南では“村ひとつを一晩で消す恐ろしい民”だ。だが、俺の眷属……いや、俺たちの五人目は、夜の民だ。こいつは、我が家で一番、字が綺麗で、講義がうまくて、甘いものに弱くて、そして、子供を守るために自分の五年を捨てた」
「……ほう」
「だから、俺たちの答えはこうだ。伝承は、読んだ。だが、信じるのは、隣で半年、飯を食った実物の方だ。夜の民とは、あいつの同郷、ということ以上でも以下でもない」
巻き角の斥候は、俺を、じっ、と見た。それから、ヴィクを見て、俺たちの面子を見て、最後に、ふっ、と口の端を緩めた。
「……いい答えだ。理屈っぽいが」
「よく言われる」
「俺はゴルド。斥候隊の長だ。里まで、半日。ついてこい。ああ、それと」
斥候は、ひなたの方を、ちらりと見た。
「さっきから、俺たちの携行食の匂いを嗅いでる嬢ちゃん。……気になるか」
「ん。……とても」
「はっは!!正直だ!!歩きながら、分けてやる。夜の民の“凍り餅”だ。南の人間の口に合うかは、知らんが」
——合った。大いに合った。
「ん!!……もちもち。なかに、木の実。かんど、たかい」
「感度って何よ」
「はっはっは!!いい食いっぷりだ!!おい、見ろよ、南の嬢ちゃんが凍り餅を三個も!!」
「四個目、いく」
「四個!?」
ゴルドの連れの若い斥候二人も、道すがら、打ち解けてきた。
「なあ、兄貴。南の人間って、もっとこう、怖いのかと思ってた」
「俺もだ。……あの黒いのなんて、伝承の“闇の帳の魔人”そっくりの名乗りをするし」
「聞こえているぞ、諸君!!ちなみにその伝承、詳しく!!」
「食いつくのかよ!!」
ひなた外交が、開始三十分で斥候隊の心を掴んだ。飯は、国境より強い。
道中、ゴルドと、ぽつぽつ話した。
「南の噂は、こっちにも届いてる。……“絆が消える”って話。人間の街で、パーティが理由なく解散してるって」
「そちらでも、あるのか。そういうことが」
「ある」
ゴルドの声が、低くなった。
「里の年寄りが、ぽつり、ぽつりと、縁を手放し始めてる。“なんとなく”ってな。……夜の民は、縁の民だ。結びは、命より重い。その民が“なんとなく”で縁を手放すなんて、百年前なら、あり得なかった」
「関守が立ったのは、それでか」
「ああ。“ほどくもの”を、里に入れないためだ。……ただな、正直、俺たちは、何と戦ってるのかも、分かってない。敵の顔が、見えん」
「顔なら」
俺は、言った。
「見てきた。二種類な。にこにこ笑う白いのと、数を数える灰色のだ」
ゴルドの足が、止まった。
「……詳しく、聞かせろ。いや————里長の前で、話してくれ。あんたらは、俺たちが半年探した“敵の顔を見た者”だ」
「構わん。そのために来た————ようなものだ」
夕暮れの向こうに、灯りの群れが見えてきた。
雪の谷あいに、石と木の家々。窓の灯。煙突の煙。そして、家々の戸口に、一様に下がっている、小さな鈴。
夜の民の里————ヴィクの故郷の、隣里だという————が、そこにあった。
灯りの群れが見えた瞬間、隊列に、小さなどよめきが走った。
「聞いてた“魔領”と、だいぶ違うわね……。普通に、あったかそうな村じゃない」
「ん。けむりのにおい。ゆげのにおい。————ごはんの、におい」
「あの灯りの数だけ、暮らしがあるってことだ。……伝承ってのは、灯りを数えないんだな」
「(……帰ってきた、のね。あの子)」
「(いや。まだ、隣までだ。本当の家は、もっと奥にある)」
馬車の屋根の上のヴィクは、灯りの群れを、ずっと、ずっと、見ていた。




