第128話 峠の関
峠道の入り口に、人間側の最後の関所がある。
丸太組みの詰所と、木の柵と、暇そうな関守が二人。北へ抜ける者が年に数えるほどしかいない、大陸で一番静かな関所である————はずだった。
「……おいおい、九人?九人で北へ?」
年かさの関守が、書類と俺たちの顔を、三往復した。
「今年に入って、北へ抜けたのは行商が二人だけだぞ。それが九人。しかも冒険者。しかも……なんだこの書類の量は」
「通行申請一式、身分証明九名分、ギルドの正式依頼状、王都総本部の推薦状の写し、フォルテ支部長の添え状、健康証明、荷の目録————全部で四十二枚です。不備は、ないはずですが」
沙耶が、にっこりと、書類の塔を差し出した。
「よんじゅうに……」
「あ、それと通行税。九名分、規定額ぴったり。数え直していただいても」
「……あんた、役人か何かか?」
「経理です」
関守二人がかりの検分は、半刻に及び、結局、一枚の不備も出なかった。年かさの方が、敗北の顔で判を捺した。
「……通行、許可。ああもう、こんなに書類が綺麗な通行人、初めてだよ」
「よくあることです」
「あるか!!」
なお、検分の敗北を認めた年かさの関守は、去り際の沙耶に、真顔でこう言った。
「あんた……もし冒険者に飽きたら、関所で働かんか。国が、あんたみたいな人材を探しとる」
「あら、光栄。でも、お断りします。————私の帳簿の方が、国境より、手強いので」
「どんな帳簿だよ!!」
(事実である。何せ、変態の浪漫経費と、大食いの食費と、風呂の増築費が、同じ頁に載っている帳簿だ)
——手続きの間、若い方の関守が、こっそり、こちらに話しかけてきた。
「なあ、あんたら。悪いことは言わねえ。……北は、やめとけって」
「やはり、噂の“選り分け”ですか」
「知ってんのか。……ああ。石碑の関でな、夜の民の関守が立つようになった。今年の頭からだ。五十年、あそこは素通りだったのに、急にだ」
「追い返された者は、どうなるんです」
「どうもならねえ。丁寧ーに、頭下げられて、“お帰りください”って言われるだけだ。……けどよ、追い返された行商が言ってた。あの関守、通す通さないを、荷でも書類でもなく、“顔”で決めてるって」
「顔」
「ああ。一人一人の顔を、じーっと見てよ。それで決めるんだと。……気味が悪いだろ」
馬車の屋根の上で、ヴィクが、身じろぎした。
——関所を抜けて、峠道に入った。
道は、上りにかかるごとに、雪が深くなった。雪解けの季節でも、峠の上は、まだ冬なのである。
「教官の特訓の出番ね。総員、汗をかかない速度で!!」
「膝で歩け、膝で!!」
「ん。ゆきのした、みず、ながれてる。……はるが、したから、きてる」
休憩のたび、羅針盤を確かめた。上流の針は、ぶれない。淀点の針は、峠に入ってから、時々、ぴくりと、微かに震えるようになっていた。
「(……震えてる、わね)」
「(遠い。まだ、遠い。だが、居る、ってことだ。この先のどこかに、灰色が)」
——夕方。峠の中腹の岩陰で、野営の支度をした。
焚き火を囲むと、姉御が、北の稜線を見上げて、言った。
「明日には、峠の上ね。……石碑の関。“顔で選り分ける”関守、か」
「ええ」
ヴィクは、さっきから、焚き火の一点を見つめたまま、凍り餅に、口をつけていなかった。
「ね、角の子。……あんた、大丈夫?」
姉御の問いは、直球だった。ヴィクは、焚き火を見つめたまま、少し黙って、答えた。
「……分からない。私の顔を見て、通すのか。追い返すのか。それとも、別の何かか。……五年前に故郷を出た時、関守なんて、居なかった。何もかも、変わってるんだ、きっと。私の知ってる北から」
「そう。……ま、何が出ても、こっちは九人よ。顔で選り分けるってんなら、九つの顔で、圧をかけたげるわ」
「圧のかけ方が姉御なのよ」
夕食後、暇を持て余した若手が、雪像対決を始めた。題目「我らが頭領」。
ミロ作: 姉御(雪の斧つき・迫力満点)。サラ作: 姉御(酒樽を抱えてる・写実主義)。
「ちょっと!!なんであたし、二体とも酒か武器なのよ!!」
「「日頃の姿です」」
「事実が一番の悪口って、ほんとね……」
なお、審査員のひなたは、両作品に「ゆきだるまのほうが、おいしそう」という謎の講評を下し、対決は引き分けに終わった。
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
明日、石碑の関である。五年ぶりの、北の入り口である。




