第126話 街道、北へ
旅の二日目には、九人の隊列の型が、決まっていた。
先頭、ひなた(鼻)。次いで隼人と姉御(前衛)。馬車を挟んで、デガン、ミロ、サラの《酔いどれ猫》勢(側面と後方)。御者台に俺と沙耶(交代制)。そして馬車の屋根の上に、ヴィク(見張り。定位置がそこなのは、もう、誰も突っ込まない)。
「隊列の名前を付けよう。≪漆黒の——」
「「「「却下」」」」
「まだ全部言ってない!!」
「長いのは分かるのよ、経験上」
道中は、順調だった。順調すぎて、姉御たちが、俺たちの日常に驚く余裕まであった。
「ね、紳士くん。あんたら、休憩のたびに何か揉めてない?」
「揉めてません。あれは点呼です」
「点呼で“お前の水筒の水が俺のより多い”って議題が出るの!?」
「水量の公平は、士気の基本なので」
「B級四人、いま真顔で聞き入っちゃったわよ……」
午前中、ひと仕事あった。ぬかるみに嵌まった行商の荷馬車を、通りすがりに引き上げたのである。
「あ、あんたら……もしかして、噂の《腐れ縁》かい!?助かったよ!!礼は何が————」
「では、情報を。北の道の様子と————あと、そこの荷の飴を、九つ」
「飴!?そんなんでいいのか!?」
よくないわけがない。道中の飴は、士気である。ちなみにヴィクは自分の飴の包み紙を、几帳面に畳んで、旅袋の奥の布包みに仕舞っていた。何のためかは————後の話である。
——昼過ぎ、ヤナギ瀬に着いた。
川沿いの、あの集落である。空き家が半分だった、あの。
「おお」
集落の入り口で、九人の足が、止まった。
煙突の煙が、増えていた。物干しに、洗濯物が並んでいた。畑に、人が出ていた。冬を越した集落は、記憶より、ずっと、生きていた。
あの年寄り夫婦が、家から駆け寄ってくる。爺さんが口を開くより早く、婆さんの声が飛んだ。
「あんたがた!!来なさったか!!」
「ほれ、爺さん!!湯を沸かしな!!客だよ!!」
「わしが言おうとしたわ!!」
夫婦の家の囲炉裏で、集落の近況を聞いた。
「出てった連中がな。……戻り始めとるんじゃ。冬の間に、三家族。水の味が戻ったって、風の噂で聞いたそうでな」
「水脈は、地の下で繋がっとる。言ったろう」
「「「「…………」」」」
「どうした、若いの。辛気くさい顔をして」
「いえ。嬉しい報せは、朝飯より効くもんだな、と」
ひなたが、持参の蜂蜜菓子を茶請けに出し、婆さんが漬物を出し、物々交換の様相を呈した。婆さんの漬物は、ひなたの目録に「さいげんふかのう。ものすごい」と記録された。最高評価である。
休憩のたび、御者台の交代を巡る小競り合いも、恒例になりつつあった。
「交代よ。次、私と隼人」
「待て。しおり第四条“御者台の右は風が来ない”……この特等席、まだ俺の番のはず」
「第五条を読みなさい。“特等席は、文句が三回出たら交代”。今ので三回目よ」
「しおりが俺対策に育っていく!!」
「規則は、生き物なのよ」
——出がけに、婆さんが、ヴィクを呼び止めた。
「角の嬢ちゃん。……あんた、綺麗になったねえ。前に来た時より、ずっと」
「え。そ、そうか?……か、髪型とかは、変えてないが」
「髪じゃないよ」
婆さんは、皺だらけの手で、ヴィクの手を、ぽんぽんと叩いた。
「顔だよ。隠しごとがひとつ減った顔は、別嬪になるんだ。年寄りは、そういうのが視えるんでな」
「…………」
「北へ行くんだろ。……行っといで。それで、もひとつ減らして、また寄りな。もっと別嬪になった顔を、見せとくれ」
ヴィクは、深く、頭を下げた。角ごと、深く。
——夕方。集落を出て、街道を北へ。
「……いい村に、なったわね」
「ん。においが、こくなってた。ごはんと、ひとの」
「俺たちの外来の、最初の患者だからな。経過良好で、何よりである」
馬車の屋根の上で、ヴィクが、婆さんの言葉を、まだ、噛んでいた。
「(……隠しごとが、減った顔、か)」
上流の針は、北を指したまま。次の目的地は、あの空の里————キリノ里である。
指切りの、途中経過を見に行く。




