第122話 王都の返書
出立の三日前、王都から、荷が届いた。
差出人は、二名。ロズリンさんと、セヴラン導師である。
「開封するわよ。まず、ロズリンさんの方から」
包みの中身は、分厚い写しの束と、一通の手紙だった。
『月次報告、拝受。北部方面調査の件、総本部側の記録を非公式に写して送る。公式には「存在しない」記録なので、扱いは任せる。貴殿らの観測日誌は、相変わらず、私の月の楽しみである。“朝飯の味”の欄も』
「相変わらず、事務の顔で、規則の際を全力で攻めてくる人ね……」
「漆黒の同志だからな」
「その呼び方、本人の前で言ったら殺されるわよ」
写しの束は、五十年前後の、北方関連の断片記録だった。そして、その中に————それは、あった。
『見張りの塔、定例報告(写)。……塔の灯、継続を確認。見張り番の代替わりの記録、なし』
「……ヴィク。これ」
ヴィクは、紙を、食い入るように読んだ。読んで、眉間の皺が、深くなった。
「おかしい」
「何がだ」
「見張り番は、代替わりする。何十年かに一度、必ず。それが塔の掟のはずなんだ。ばあやから、そう聞いてた。なのに、この記録……五十年、灯は続いてるのに、代替わりの記録が、一度もない」
「つまり、どういうことよ」
「分からない。五十年間、同じ誰かが座り続けてるのか。それとも————誰も座ってないのに、灯だけが、点いてるのか」
円卓が、冷えた。
「……どっちにしても、気味が悪いわね」
「ああ。……そして、私の探し人は、その塔に居る、はずなんだ」
紙の上の「灯、継続」の四文字が、急に、別の色に見えた。希望なのか、警告なのか、まだ、分からない色に。
——気を取り直して、二つ目の荷である。
『外れ値ども。北へ行くと聞いた。餞別代わりに、試作品を貸す。壊すな。壊したら弁償。セヴラン』
「相変わらず手紙が三行なのよ、あの導師」
中身は、掌サイズの、真鍮の羅針盤————に、見えるもの、だった。
「じいさんの魔素計と、似てるな。……ただ、針が、二本ある」
説明書き(これも三行)によれば、一本は魔素の「淀点」を指し、もう一本は「流れの上流」を指すという。
「王都で観測した“妙な淀点”の追跡用に作った、とある。……つまりこれ、灰色の巡礼を、探知できるかもしれんわけだ」
「借り物にしては、洒落にならない性能ね」
「壊したら弁償、の額を考えたくないわ……」
起動試験では、ひと騒動あった。蓋を開けた瞬間、淀点の針が、ぐるんと回って————俺を、指したのである。
「「「「…………」」」」
「おい。今、俺を指したぞ、この針」
「圭吾、あんた……淀んでたの?」
「失礼な!!俺の魂は澄んだ漆黒だが!?」
正解は、俺の懐の風呂敷(特売・聖別済)に反応したのだった。じいさんの見立てによれば「聖別の残滓と特売の年季が、計器には“濃い何か”に見えるんですじゃろ」とのこと。以後、計測時は風呂敷を三歩離す運用となった。屈辱である。
試しに、窓辺で針を見た。淀点の針は、ゆらゆらと定まらず(近くに居ない、ということだ)、上流の針は————ぴたりと、北を指した。
「「「「「…………」」」」」
「……まっすぐ、ね」
「ん。きた」
「知ってたことだが、道具に断言されると、腹が据わるな」
返書の文面会議も、開かれた。
「ロズリンさん宛。『写し、拝受。北行きの成果は月次で報告する』……と。あと、何か付け加える?」
「『“朝飯の味”の欄は、旅先でも継続する』を頼む。あの人、あれが楽しみらしいので」
「セヴラン導師宛は?」
「『計器は壊さない。壊れた場合は、先に謝る』」
「予防謝罪を公文書に書くな」
「これまでの実績を考えると、必要な条項なんだ」
「(実績: 計器、王盤、絆晶盤。三種類とも前科あり)」
「(種類で数えるな)」
——夜。屋根の上。
ヴィクは、写しの束を膝に、長いこと、北を見ていた。
「時に我が眷属よ。ひとつ、軽い話をしていいか」
「……重い話の間違いだろ、その前置きは」
「軽い話だ。お前の探し人にな、会ったら最初に何と言うか、考えてあるのか」
ヴィクは、虚をつかれた顔をした。
「…………考えて、なかった。五年間、会うことばかり考えて、会ってからのことは、一度も」
「なら、道中の宿題だな。旅は長い。名文が練れるぞ」
「な、名文って、お前じゃあるまいし」
「参考までに、俺の案を言おうか。『お初にお目にかかる。あなたの娘……ではなく連れの、眷属の主です』」
「主って言うな!!あと娘って言いかけるな!!」
「照れるな照れるな」
「照れてない!!」
夜空の下、抗議の声は、いつもより、少しだけ元気だった。緊張がほぐれた証拠である。名文の案は、道中の日数分、ある。
出立まで、あと三日。




