第120話 卒業試験は、雪の中
「——特訓、最終課題を言い渡す!!」
雪の訓練場に、ヘクトルさんの声が響いた。
「北の山で、一泊!!天幕、焚き火、見張り、全部自分たちでやれ!!俺は同行するが、手も口も出さん!!生きて帰れたら、卒業だ!!」
「「「「「はい!!」」」」」
かくして、北行き部隊九名の卒業試験、雪山一泊行軍である。
——行軍は、成果の見本市になった。
先頭のひなたは、雪の下の湧き水を鼻で見つけ、隼人は倍荷を背負ったまま隊列の前後を駆け(素の体力、明確に向上)、沙耶は行程表と体力配分を三分刻みで管理し、ヴィクは全員の装備の凍結を、低出力の紫紺でこまめに炙って防いだ。遠慮の目盛り、完全習得である。
「ふん。……様になってきたではないか」
「教官、口を出さない約束では」
「今のは独り言だ!!」
問題は、やはり、俺だった。
「圭吾、あんた、また立ち止まって!何してんのよ!」
「見ろ、この雪原を!!白一色の地平!!ここに漆黒の俺が立つ、この構図!!絵になりすぎる!!誰か記録を!!」
「記録より歩きなさい!!」
マント抜きの俺は、ただの体力中位の男である。せめて魂で歩いた。
——夜。雪洞の中。
ヴィク先生の指導で掘った雪洞は、外の吹雪が嘘のように、静かで、暖かかった。
「雪は、断熱材。ろうそく一本で、この広さが保つ。……北の冬の、基本のきだ」
「ん。ゆきのいえ、あったかい。……ふしぎ」
「弁当も、成功ね。凍らないおやつ、ちゃんと機能してるわ」
蜂蜜入りの焼き菓子は、雪山の夜でも、齧れば中からとろりと甘かった。兵站の勝利である。
見張りの順番を決め(じゃんけんの構えに、姉御たちが「息ぴったりね」と感心した)、夜は、恒例の怪談になった。
「では、俺から。————これは、とある雪山の、恐ろしい話である。深夜、天幕の外に、足音が。ざく、ざく、と。そして、声が————“おい、見張り、交代の時間だぞ”」
「「「「それはただの交代」」」」
「最後まで聞け!!交代した見張りが、天幕に戻ると————自分の寝床が、もう温かかったのである!!つまり、誰かが!!」
「あんたが寝てたのよ、寝ぼけて二度寝したの。先週のあんたよ、それ」
「実話だったか!!」
「怪談の才能もないのね……」
怖がったのは、ひなた(食べ物が出てこない話は全部こわいらしい)だけだった。火の番をしながら、話は、ぽつぽつと、夜の話になった。
ミロが、火に手をかざしながら聞いた。
「なあ、教官。……教官の故郷って、これより寒いんですか」
「タウラの北か。……ああ、寒い。息が、まつげで凍る。だがな————寒い土地ほど、火の周りに、人が集まる。飯を分ける。歌をうたう。……北の民の縁は、寒さが作るんだ」
「へえ……教官が詩人だ」
「うるさい。……いいか、貴様ら。北で村に泊めてもらったら、必ず火の近くに座れ。遠慮して隅に座るのは、逆に無礼だ。火は、分けるためにある。これが最後の講義だ」
「「「「「はい、教官」」」」」
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
下山の途中、ひなたが、十分間だけ隊列から消えた。戻ってきた方角には、身の丈三倍の雪だるまが、完成していた。
「ん。————やまの、かみさまへの、おれい」
「十分でこの規格!?」
「兵站長は工兵も兼ねられるのね……」
雪だるまには、木の実の目と、枝の腕と、なぜか小さな角が二本、付いていた。誰への敬意かは、聞くまでもない。ヴィクは「に、似てない!!」と言いながら、まんざらでもない顔で記念に眺めていた。
——翌朝。下山して、訓練場で、卒業式(と教官が言い張る点呼)が行われた。
「全員、生還。……よって、北方特訓、全課程修了とする。以上!解散!」
「え、それだけですか」
「それだけだ!!……ああ、それと」
ヘクトルさんは、背中を向けたまま、ぶっきらぼうに、袋をひとつ、投げてよこした。
中身は、狼の毛皮の耳当てが、九つ。手縫いだった。
「北は、耳から凍傷になる。……い、要らんなら捨てろ!!俺は忙しい!!」
狼耳の教官は、大股で去っていった。
「「「「「…………」」」」」
「……教官、これ、九つ縫ったのよね。夜なべで」
「ん。……せんせいの、におい、ついてる」
「素直じゃないんだよなあ、あの人は!!」
耳当ては、九人分、ありがたく装備された。ちなみに俺のだけ、内側に小さく「マント禁止」と刺繍されていた。解せない。いや————愛である。たぶん。
観測日誌、本日の特記。
『特訓、全課程修了。収穫: 雪洞、凍らない弁当、素の体力、遠慮の目盛り、耳当て九つ。……フォルテの冬に、教わり尽くした。あとは、北に、教わりに行く』




