第119話 置き土産の、宿題
翌日の円卓は、反省会と分析会を兼ねていた。
議題は、白い巡礼の置き土産————あの、最後の言葉である。
「復唱するわよ。『“整える”前の、原型。こんな古いものが、まだ人間に残って』。それと『その素、大事になさい。私どもの好物ですので』。……気持ち悪いったらないわ」
「だが、情報の塊だ。ひとつずつ、ほぐすぞ」
黒板に、書き出していく。
「一。“整える”は、もう聞き慣れた。奴らの仕事の名だ。ここは復習でいい。……新しいのは、昨日、そこに“前”が付いたことだ。二。“整える前の、原型”————奴らの仕事より、古い何かが、ある。三。沙耶の“素”の力は、祝福とも加護とも絆とも別系統で、その“前”の側に入る。四。そして、好物」
「好物ってのが、洒落にならねえよな。……狙われてるってことだろ、沙耶が」
「素直に読めば、な。だが、逆でもある。奴らが五十年かけて“整えて”回った理由の、根っこがそこにあるのかもしれん。原型を、消して回ってる、とも読める」
「原型、ね……」
沙耶は、外した眼鏡を、指でくるくる回していた。素が出た翌日の癖である。
「私の、あれ。第三試験と、昨日ので、二回。……自分でも、よく分かってないのよ。眼鏡が外れて、頭の中の“ちゃんとしなきゃ”が消えると、ただ、力が、出るの。びっくりするくらい、素直に」
「文献は?」
「調べたわ、王都の大書庫でも。ないのよ、記録が。加護でも魔法でも絆でもない力なんて、どの分類にも載ってない」
「載ってないんじゃ、ない」
ヴィクが、静かに言った。
「消されてる、のかもな。北方の伝承と、同じように」
円卓が、静まった。欠番だらけの大書庫の棚が、全員の頭に浮かんでいた。
「……我が眷属よ。お前の故郷には、何か伝わってないか。その“原型”とやらの話」
「…………ある、気がする」
ヴィクは、眉間に皺を寄せて、こめかみを、指で押さえた。
「子供の頃、ばあやが歌ってた古い歌に、そういう言葉が、あった気がするんだ。心の底の力の、古い呼び名。……思い出せない。歌の節は覚えてるのに、その一語だけ、霞がかかったみたいに」
「無理には、いい。……北に行けば、思い出すかもな。故郷の空気ってのは、記憶の栓を抜く」
「ん。……そうだな。宿題に、しておく」
黒板の隅に、宿題が書き足された。『原型の、名前(北で調べる)』。
なお、「好物」という単語を巡って、会議は一度、脱線した。
「ん。“こうぶつ”は、たいせつ。こうぶつが、あるってことは、あいてにも、おなかが、あるってこと」
「兵站長、深いこと言った?今」
「ん。おなかが、あるなら、“たべそこね”も、ある。たべそこねた、なにかが、あのしろいのにも、あるのかも」
「「「「…………」」」」
白い巡礼の、食べ損ね。……妙に、引っかかる言い方だった。観測日誌の隅に、沙耶がこっそり書き足した。『敵の動機の仮説(ひなた案): 食べ損ね』。仮説の名前が、俺たちらしすぎる。
——午後は、姉御の「答え合わせ」だった。
「ほら、紳士くん。前に言ったでしょ。“畑を潰された農夫は、次はもっと遠くに畑を作る”って。……あれ、答え合わせしとくわよ」
「半分当たって、半分外れる、と先に言っておいたやつだな」
「そ。当たった半分————奴ら、確かに次の手を打ってきた。外れた半分————遠くじゃなかった。もっと近く、もっと深くだった。畑じゃなくて、俺たちの街の一番綺麗な絆を、直接、狙ってきた」
「……つまり、次の読みは」
「あたしの読みはこう。次は“もっと近く”か“もっと遠く”の、両方。近く=この街への残り火。遠く=北の、本命。……ただし!」
姉御は、自分の額を、ぺしんと叩いた。
「B級の読みは、二回に一回は外れる。昨日ので、よーく分かったわ。だから、あんたたちも、あたしの読みを信じすぎないこと。いい?」
「肝に銘じます」
読みを語る者が、自分の読みの精度まで語る。姉御が信用できるのは、たぶん、そこである。
会議の締めは、恒例の「読み外し合戦」だった。姉御の発案で、全員が「自分の読みの外れそうな半分」を先に申告するのである。
「あたしの読み: 次は北が本命。外れそうな半分: “本命”って言葉自体が、罠かもしれない」
「私の読み: 素還りが鍵になる。外れそうな半分: 鍵になるのは私の素じゃなくて、誰か別の人の素、かも」
「俺の読み: 灰色と白は同じ組織。外れそうな半分: 実は仲が悪い可能性」
「ん。あたしのよみ: てきにも、こうぶつが、ある。はずれそうなはんぶん: ————ない」
「兵站長だけ外れる気がないのよ」
「ん。たべものの、よみは、はずさない」
——夜。観測日誌。
『暁の件、決着。特記: 「整える」は既知の工程名。新たに「整える前の原型」「好物」を語彙に追加。宿題: 原型の古名(北で)。……それと、私事。誓約は、汚れて生き直せる。この事実を、私は、覚えておく』
ヴィクの字の、最後の一行の横に、小さな落書きがあった。毛玉の絵だった。黒板のやつより、だいぶ、上手になっていた。




