第118話 汚い再誓約
巡礼が消えた広間で、最初に動いたのは、暁の四人だった。
「……やろう。儀の、続きを」
シリルが、倒れた祭壇を、自分の手で起こした。白布は破れ、蝋燭は半分に減り、床は泥だらけである。完璧だった広間の、成れの果て。
「この状態で、かい?」
「この状態が、いいんだ」
四人は、泥だらけの祭壇の前に、立った。正座では、なかった。肩を組むでもなく、ただ、ばらばらの姿勢で、互いに寄りかかるように。
「新しい誓いを、宣言する。文言は————今、考える」
「「「今!?」」」
「僕らは今日から、工事中なんだ。設計図は、あとから描く」
シリルは、咳払いをして、宣言した。
「《暁の誓約》、第五次誓約。『文句は、その日のうちに。感謝は、三日以内に。茶の濃さは、当番の勝手』!!」
「「「異議あり!!」」」
「異議は受け付ける!!それも誓約に入れる!!『異議は、いつでも受け付ける』!!」
条項は、その場で、増えていった。
斥候が、真っ先に手を挙げた。
「追加!!『下見は、恥ではない。ただし三回まで』!!」
盾役と斥候が、同時に叫んだ。
「『いびきに文句を言う権利と、聞いて安眠する権利は、両立する』!!」
ミアが、笑いながら続けた。
「『寝癖は、笑ってから、直してあげる』!!」
「待って、それ誓約に要る!?要るのか!?……いる、のか。僕らには」
広間に、笑い声が響いた。ばらばらの、抑揚のそろわない、四人分の笑い声だった。
俺の眼が、視た。四人の特記が、書き換わっていく。
————《暁の誓約》。特記: 絆・再結(誓約型・ほつれ有り)。……“ほつれ有り”が、俺の眼には、勲章の注釈に見えた。
「(……いい形だ)」
「(綺麗と汚いの、あいのこね)」
「(ん。“つぎはぎ”。いちばん、じょうぶなやつ)」
——そして、鍋である。
死守された特大鍋が、広間の中央に据えられ、ひなたが、おたまを掲げた。
「ん。かんせいひん。“おもいでの、よせなべ”」
椀が、配られた。暁の四人が、一口すすって————四人とも、同時に、固まった。
「……これ。僕の故郷の、根菜の煮込みの味がする。奥の方に」
「いや、これは私の街の、冬至の鍋よ。この出汁、間違いないわ」
「違う。俺のばあちゃんの、燻製の……」
「私の好きな、遠征前の定食の……」
四人が、顔を見合わせた。
「ひなたちゃん。この鍋、いったい」
「ん。ぜんぶ、いれた」
ひなたは、こともなげに言った。
「みんなの“おもいでのあじ”、ぜんぶ。……べつべつの、あじ。ぜんぶは、まざらない。でも、おなじ鍋には、はいる」
「「「「…………」」」」
「べつべつのまま、いっしょに、おいしい。きずなの、あじ」
暁の四人は、しばらく、動かなかった。
動かないまま、ミアの目から、ぽろぽろと、大粒のものが落ちて、鍋の湯気に混ざった。
「……ずるい、この鍋。……ずるいわよ……」
「ん。おかわり、ある」
「もらう……っ」
鍋には、そのまま、大人たちも群がった。散歩帰りの支部長が「においで散歩の脚が曲がった」と椀を持ち、窓割りの弁償を申し出たヘクトルさんが「詫びに一杯」と並び、岩割り兄弟が「運搬係の役得!!」と主張した。誓いの広間は、いつの間にか、フォルテの出張所になっていた。
俺たちの兵站長は、大陸最強の外交官である。異論は、認めない。
片付けの合間、ミアが、沙耶に、抱きついた。
「〜〜〜っ、ありがと!!ありがとね、沙耶!!」
「ちょ、苦し!!……ん、もう。どういたしまして」
「私、決めた。これからは月イチで、あんたと喧嘩の練習する!!錆びないように!!」
「喧嘩の練習を予約する友達、初めてよ、私……」
「あと、王都の練習会の件も、ちゃんと聞かせてもらうから!!“素が出ると化ける”の、詳細!!」
「それは議題に乗せてないでしょ!!」
女子二人の応酬は、片付けが終わっても続いた。喧嘩の練習は、もう始まっているらしい。
——夜半。撤収の間際、シリルが、俺のところへ来た。
「圭吾くん。……礼を、言わせてほしい。君たちが居なかったら、僕らは今頃、白い部屋の夢の中だった」
「礼なら、鍋と、あんたたち自身にどうぞ。破ったのは、シリル、あんただ」
「……はは。あの紙、破る時、手が震えたよ。正しさを破るのは、怖いね。でも、破った先に、こいつらの顔があった」
シリルは、泥だらけの広間を見回して、それから、握手を求めてきた。
「僕らは、まだ工事中の一年生だ。だから————また、講習を頼む。月イチで。金は払う」
「ふ。悪口一年生仲間が増えたと、俺たちの先生に伝えておこう」
「誰が一年生仲間だ」
背後から先生の抗議が飛んで、広間に、最後の笑いが起きた。
——帰り道。雪の道を、五人で歩いた。
「……勝った、のよね。私たち」
「ああ。暁が、勝った。俺たちは、鍋と口を出しただけだ」
「ん。それが、いちばん、いいかちかた」
ヴィクは、少し後ろを、黙って歩いていた。フードのない横顔が、月明かりの下で、何かを、深く考えていた。
「どうした、我が眷属」
「……ん。いや。誓約が、あんなふうに、汚れて、生き直すのを、初めて見た。……綺麗なまま死ぬしか、ないんだと、思ってたから」
その声の奥に、遠い場所の色が、また、乗っていた。
「私の家のことを、少しだけ、考えてた。それだけだ」
北の空の帯が、雲間から、うっすら見えた。




