第114話 散歩と、たまたま
儀の前日、支部長室に、妙な面子が集まった。
グスタフさん。ヘクトルさん。リタさん。ロゼ姉御。《岩割り》の兄弟。じいさん。そして、俺たちの五人。……全員、書類の上では「無関係の人々」である。
「確認しておく。明日、儂は昼から、西区画を“散歩”する。偶然、暁の拠点の前を通る。偶然な」
「俺は訓練場で“たまたま”遠投の訓練をしている。方角も、たまたま、あちら向きだ」
「あたしらは正式に参列よ。シリルから招待もらったから」
「わしらは屋台の設営係じゃ!!鍋の運搬なら任せとけ!!ガッハッハ!!」
「私は受付で、通常業務です。……通常業務ですが、伝令の子を、一人、走らせやすい場所に置いておきます」
制度は善意に勝てない。勝てないが、善意の側にも、これだけの人数が立てる。フォルテという街の、半年分の答えだった。
「作戦のおさらいだ。手出しは、しない。巡礼が“儀式”をしている限り、こちらは礼儀正しく、いつも通り、うるさくしているだけだ。……向こうが実力行使に出た時だけ、話が変わる」
「その時は?」
「その時は————散歩と、遠投と、屋台の出番である」
会議の締めに、装備の確認があった。
「参列の服装は、礼服に準ずる。……圭吾、あんたのそれは何」
「参列用・漆黒の正装である。マントに白襟を付けた」
「風呂敷に襟を付けても風呂敷なのよ」
「姉御はその、革鎧のままですか」
「あたしの正装はこれよ。B級の礼儀は、いつでも戦える格好で祝うことなの」
「岩割りの俺らは、鍋の運搬係だから前掛けだ!!誓いの場に前掛け!!ガハハ!!」
「陣容としては満点にうるさい参列団になりそうね……」
——会議のあと、ひなたのレシピの最終試作が行われた。
当日の鍋。作戦の要である。台所は立ち入り禁止となり、扉の向こうから、とんでもない匂いだけが漏れてきた。
「……なあ、経理。あの匂い、なんだ」
「極秘ですって。ヒントだけ聞いたわ。“おもいでの、あじ”だそうよ」
「思い出の味?」
「暁の四人の出身とか、好物とか、遠征前によく頼んでた飯とか、私が調べて渡したの。それを全部、一つの鍋にするって」
「……全部を、一つに?まとまるのか、それは」
「まとまらないでしょうね、普通は。普通は、ね」
扉の向こうで、味見をしたらしいヴィクの「〜〜っ!?」という声がした。うまくいっているらしい。
レシピの試作には、試食係がひとり、徴用されていた。ヴィクである。
「な、なんで私が」
「ん。ヴィクは————“あじの、きおくりょく”が、いちばんいい。いちど食べたあじ、ぜんぶおぼえてるから」
「べ、別に、そんなこと————まあ、覚えてる、けど」
「きょうは、これ。あかつきの、たてやくの、こきょうのあじ。……ちかい?とおい?」
「…………近い。でも、塩がもう一粒。彼の故郷は、海が近いはずだから」
「ん。さすが」
台所の二人は、日暮れまで、味の座標を詰め続けた。徴用されたはずの試食係は、途中から、完全に楽しそうだった。
——昼過ぎ。沙耶は、ミアを茶に誘っていた。
ギルド酒場の、隅の席である。議題は、明日の“もしも”だった。
「いい?ミア。明日、シリルが句を唱えかけて、飲まれそうになったら————あんたの番よ」
「わ、私の、番……」
「問診の答え、覚えてるでしょ。あんたが白い夢を見なかった夜は、どんな夜だった?」
「……シリルに、三年ぶりに、言い返した夜」
「そう。処方箋は、もう出てるの。あとは、本人の目の前で、飲むだけ。……言いたいこと、三年分、あるんでしょ?」
ミアは、湯呑みを両手で抱えたまま、長いこと、うつむいていた。うつむいて、それから、小さく、頷いた。
「……練習して、いい?今、ここで」
「何杯でも付き合うわよ」
——夕方。俺は一人で、教会に寄った。
炊き出しの手伝い、ではない。祭壇の、帳簿を抱えた神像の前に、立った。
「……よう、雑な神様。頼み事じゃない。報告だ」
像は、目を閉じたまま。いつも通りである。
「明日、あんたの同業者みたいな顔をした奴と、勝負をする。向こうは祝福で、こっちは鍋だ。……笑うなら笑え。だがな、あんたが俺たちを、絡まったまま送り込んだんだ。なら、絡まりの流儀で勝つのが、筋ってもんだろう」
像は、何も言わなかった。
言わなかったが、帰り際、聖堂の蝋燭が一本、風もないのに、ぼっ、と強く燃えた。……気のせいかもしれない。気のせいでないかもしれない。どちらでも、縁起は、いい。
——夜。屋根の上。
先客は、いつも通り、いた。だが今夜は、俺の隣にもう一人分、毛布が敷いてあった。
「……座れ。冷えるだろ」
「ほう。我が眷属が、席を用意してくれる日が来るとは」
「い、嫌なら仕舞うぞ」
「座る座る」
北の空は、雪雲。灰色の帯は、今夜は見えない。
「なあ、圭吾。明日……もし、暁が“正しさ”を選んだら。私たちの負けだと、お前は言った」
「言った」
「……負けたら、どうする」
「決まっている」
俺は、毛布に包まりながら、いつも通りに答えた。
「通い続ける。飯に誘い続ける。悪口の講習を、月イチでやり続ける。一回の儀で切れる縁なら、とっくに切れてるんだ、俺たちのは。負けたら、明後日からまた、営業だ」
「……ふ。ふふ。しつこいな、お前たちは」
「腐れ縁とは、しつこさの別名である」
ヴィクは、笑って、それから、ぽつりと言った。
「昔の私の家にも、お前たちみたいな隣人が居たらな、って。……最近、たまに、思う」
「今からでも、遅くないだろう」
「ん?」
「北に行くんだろう、俺たちは。隣人ごと、連れてな」
雪雲の下で、我が眷属は、長いこと、黙っていた。黙って、毛布の端を、ぎゅっと握っていた。
明日、決戦である。




