第113話 罵倒、才能なし
宿題の結果は、翌朝、本人の口から報告された。
「言ったよ!!文句!!」
シリルは、興奮していた。興奮しているシリルを、久しぶりに見た。
「ミアに、“君の淹れる茶は、僕には少し濃い”って!!本気で!!」
「おお。で、ミアは」
「泣いた」
「泣いた!?」
「“シリルが文句を言ってくれたー”って、泣いて喜んだ。……で、そのあと“でも茶の濃さは私が正しい”って言い返された。三年ぶりに言い返された。……嬉しかったなあ、あれは」
文句を言って泣いて喜ばれるパーティ。重症である。重症だが、確かな一歩でもあった。
——その勢いで、暁の四人が、俺たちの訓練場に来た。
「僕たちにも、あの“罵倒”を教えてほしい。四人で話し合って、決めた」
「ほう。全員一致で」
「うん。……いや、待てよ。全員一致って、それ自体がもう、僕らの症状か」
「気づけるようになったのは、良い兆候ですな」
かくして、罵倒特訓である。講師は、俺と沙耶。助手に、悪口一年生から昇格した、ヴィク先生。
「基本から。罵倒とは、悪意ではない。“遠慮の除去”である。まず、向かい合って、相手の欠点をひとつ、言ってみられよ」
シリルとミアが、向かい合った。
「ミアの欠点は……その、強いて言えば、几帳面すぎるところが、むしろ美点で」
「シリルこそ、優しすぎるのが、玉に瑕というか、そこが素敵で」
「「はい、やり直し!!」」
盾役と斥候も、向かい合った。
「お前の欠点は……飯が、早い」
「……そうだな。直そう」
沙耶が、机を、ばん、と叩いた。
「直すな!!文句を言われたら言い返す!!それが基本!!」
「言い返す……ええと……“お前も、早い”」
「事実の交換会になってるのよ!!」
才能が、絶望的に、なかった。四人とも、悪口の語彙が、綺麗に消えているのである。
罵倒の前段階として、「あだ名を付け合う」練習もやった。親しみと雑さの訓練である。
結果、暁の四人が互いに付けたあだ名は「シリルさん」「ミアさん」「盾殿」「斥候殿」だった。
「敬称!!全部敬称!!あだ名になってない!!」
「え、ええ……?じゃあ、その、シリル……ちゃん?」
「ぶふっ」
噴いたのは、当のシリルだった。
「ちゃ、ちゃん付けは、新鮮だね……!?い、いいよ、ミアちゃん」
「ひゃっ!?わ、私も!?」
顔を赤くして「ちゃん」を付け合う名門B級。初々しさが目に痛い。俺たちが十年前に通り過ぎた道である。
見かねたヴィク先生が、前に出た。
「……見本を見せる。圭吾、立て」
「ほう、俺が的か。よかろう、遠慮なく来られよ」
先生は、こほんと咳払いをして、俺を指差した。
「お前は、口だけ達者な自称・漆黒で、詠唱は九割九分無駄で、風呂敷を装備と言い張り、加護は公文書に載った変態で、毎朝の観測当番を“戦略的二度寝”で二回サボり、それでいて、その————た、たまに頼りになるのが、一番、腹が立つ!!」
「「「「おおー……!!」」」」
暁の四人が、拍手をした。
「今のが、罵倒だ。……最後、褒めが混ざったのは、私の未熟だ。忘れろ」
「混ざるのが芸なんだがな」
「うるさい」
「す、すごい……悪口なのに、ヴィクさんと圭吾くんの仲の良さが、伝わってきた……」
「そうなんだよ、シリル。そこが肝でな。罵倒は、絆の上でしか、跳ねないんだ。土台のない罵倒は、ただの石だが、土台のある罵倒は————まりになる」
「まり……」
暁の特訓は、日暮れまで続いた。成果は、微々たるものだった。それでも、終わり際、盾役の大男が、ぽつりと言った。
「……なあ、リーダー。俺、ひとつだけ、言いたいことが、あったんだ。三年前から」
「な、なんだい」
「あんたの寝癖。……たまに、うらやましい。俺の頭は、癖すら、つかん」
「「「「…………」」」」
沈黙のあと、ミアが、ぷっ、と噴いた。斥候が、肩を震わせた。そして、シリルが————声を上げて、笑った。
取り戻した、声のある笑いだった。作り物の微笑ではない、抑揚の乱れた、本物のやつである。
「あっはっは!!なんだいそれ!!文句なのか羨望なのか!!」
「両方だ」
「両方って!!あはは、駄目だ、おかしい……!!」
笑い声は、綺麗ではなかった。抑揚はばらばらで、誰かは咳き込んで、品位の欠片もなかった。
俺たちの訓練場に、久しぶりに、正しい音がした。
特訓後、暁の四人は、そろって妙な疲れ方をしていた。
「な、なんだろう、この疲れ。体は、動かしてないのに」
「心の筋肉痛ですな。使ってなかった心の部位を、今日、急に動かしたので」
「心の、筋肉痛……そうか、僕ら、三年ぶりに“遠慮しない”をやったんだ……」
「明日はもっと痛くなりますぞ。順調な証拠である」
「筋肉痛の理屈で説明される絆の回復、初めて聞いたよ……」
——だが、帰り道。
ギルドの前で、リタさんが、青い顔で駆け寄ってきた。
「皆さん……!!来ました。白い外套の巡礼が、今日、街に。……北門から、にこにこ、入ってきたそうです」
雪の大通りの先、夕暮れの底を、白い染みが、ゆっくり動いていた。
儀まで、あと二日である。




