第111話 巡礼は、望まれて来る
作戦≪営業≫の説明の前に、片付けておくべきことがあった。
敵の、手口の全容である。
「整理するわよ。白い巡礼の流儀は“望まれた方にだけ”。前は、それが唯一の歯止めだと思ってた。断れば、来ない。事実、私たちは断って、来なかった」
円卓に、沙耶の図解が広がる。
「でも、今回で分かった。あの流儀、歯止めじゃなかった。狩りの型よ」
「詳しく」
「いい?巡礼はまず、遠征帰りの疲れた暁に“偶然”出会う。感じ良く振る舞う。祝福の良さを、それとなく語る。……で、勧誘は、しない。絶対に、しない。相手が“お願いします”と言うまで、にこにこ待つの」
「望ませる、わけか」
「そう。だから暁は、自分の意思で導師様を招いたと思ってる。実際、形の上では完全にその通り。……勧誘されたなら、疑えるわ。でも“自分で選んだ”ものは、人は、疑えないのよ」
「……えげつないな。断り文句の出番が、最初から存在しない」
「もっとえげつない話をしましょうか。この構図、誰かに相談されても崩せないの。“素敵な導師様に祝福をお願いしたら、パーティが円満になりました”——どこに、罪があるの?」
グスタフさんに報告した時の、支部長の唸り声が、まだ耳に残っている。「儂にできるのは、儀の日に“たまたま”散歩しとることくらいだ」。制度は、今回も、善意に勝てない。
「——で、だ。ここからが本題。作戦≪営業≫の骨子を発表する」
俺は、黒板の毛玉の絵の横に、字を書いた。
『暁の誓約更新の儀に、腐れ縁、正式参列。そして、いつも通りに過ごす』
「「「「…………」」」」
「補足しよう。シリルから、見学の許可は取ってある。俺たちは礼儀正しく参列し——そして、いつも通り、罵り合い、小競り合い、飯を取り合い、庇い合う。あの綺麗な儀式の真横で、堂々と、な」
「それ、作戦なの?ただの平常運転じゃない」
「平常運転を“あの場”でやるのが作戦なんだ。いいか。暁は今、“正しさ”しか見えなくなってる。正しさの物差しの中では、あの巡礼は満点だ。勝てん。……なら、物差しの外のものを見せるしかない」
ヴィクが、あとを引き取った。
「汚くて、うるさくて、間違いだらけで——それでも、笑ってる絆。あれの目の前に、対照表みたいに並べるんだ。“正しさ”と“楽しさ”を。……で、最後に選ぶのは、暁自身だ。私たちじゃない」
「選ばせる、ね。……もし、それでも暁が“正しさ”を選んだら?」
沙耶の問いに、円卓が、静かになった。
「その時は、負けだ。縁ごと、な」
俺は、正直に言った。
「だが、勝ち筋はある。根拠も、ある。……ミアの涙だ。あの子は、安らかな夢を見て、泣いて目を覚ましてる。シリルは、綺麗に眠れなくなってる。体の奥の何かが、まだ、抵抗してるんだ。全員の芯の、一番下でな」
「芯の、一番下……」
「ドムさんの時と同じだ。“清々してる”と、わざわざ口に出した、あれ。……人間はな、本当に納得してる時、納得してるとは言わんのだ」
なお、作戦の裏で、ひなたの「聞き込み」は既に始まっていた。
暁の四人に、雑談のふりをして、こう聞いて回ったのである。「こきょうの、いちばんの、ごちそうは?」「えんせいのまえ、いつも、なにたべてた?」「おちこんだひに、たべたいものは?」
聞かれた側は、飯の話なので、警戒なく答える。答えは全部、小さな帳面に、ひらがなで書き留められた。題名『あかつきの、おもいで、めもちょう』。
「(……あの子、諜報の天才では?)」
「(飯に関してだけな。だが、今回はそこが主戦場だ)」
——散会間際、ひなたが手を挙げた。
「さくせん、りょうかい。……で、あたしの、やくわりは」
「一番重要な役だ、兵站長。当日、儀の会場の隣で、堂々と、鍋をやれ」
「ん?」
「暁の連中は、四か月前まで、飯を“たのしく”食ってた連中だ。お前の鍋の匂いは、正しさの物差しじゃ測れん。……胃袋の記憶ってのは、誓いより古いところに棲んでるからな」
ひなたの目が、真剣に、なった。
「……せきにん、じゅうだい。とっておきの、レシピでいく」
「頼んだ」
「あんたたち、儀式の隣で鍋って、怒られない?」
「許可は取った。シリルは“参列者に振る舞いがあるなんて、心のこもった提案だね”と喜んでいた」
「誤解がいい方向にしか転がらない男、今回ばかりは、ありがたすぎるわね……」
ちなみにその夕方、グスタフさんが、本当に「散歩の下見」をしている姿が目撃された。暁の拠点の前を、腕を組んで三往復し、通りの子供に「じいちゃん、なにしてるの」と聞かれ、「散歩の、練習じゃ」と答えたという。
「散歩に練習がいる支部長、大陸であの人だけよね」
「あの練習が、当日の保険なんだ。……ありがたいことである」
——夜。観測日誌。
『儀まで四日。作戦≪営業≫、準備開始。特記: 敵は勧誘をしない。望ませる。……なら、こちらも矯正はしない。見せて、選ばせる。喧嘩の相手の流儀に、敬意を(悔しいが、あの巡礼の流儀は、狩りとして一級品だ)』
その頁の隅に、ヴィクの小さな字が、足されていた。
『追記: 負けたくない。私情』




