第106話 冬市と、勝負服
フォルテの冬市は、雪と湯気の祭りである。
大通りに屋台が並び、揚げ菓子の香りと、熱い葡萄湯の湯気と、雪かき合戦の子供の声が混ざる。北行き前の、最後の市らしい市だった。
そして、女子勢は、朝から不穏な相談をしていた。
「ね、ヴィク。冬市って、みんな一張羅を着るのよ。……つまり、よ」
「い、嫌な予感がする」
「ん。しょうぶふく、の、でばん」
「やっぱり!!い、嫌だ!!あれは仕舞っておく約束——」
「約束はしてないわ。さ、腕を上げて」
「〜〜〜っ、ロゼ姉御まで!!なんで居るんだ!!」
「面白そうな匂いがしたからよ。ほら、じっとして。髪も結うわよ〜」
三十分後。
我が家の階段を、夜色の装束の眷属が、降りてきた。
紫の髪は編み込まれ、銀の刺繍が窓の光を拾い、黒曜石の角が、飾りみたいに艶めいて。
「「「「…………」」」」
「な、なんだ、その沈黙は!!に、似合わないなら早く言え!!着替えるから!!」
「いや」
俺は、首を振った。加護は、使わなかった。使うまでもなかった。
「採点、不能だ」
「へ?」
「100点の上が、俺の採点表にない。……以上だ。行くぞ、市が混む」
俺は、言い終える前に、歩き出していた。歩かないと、顔面の温度を指摘される距離だったからである。
「な、ちょっと待て!!今のはどういう——おい!!」
「(照れて早足になったわね、あの男)」
「(ん。みみ、あかい)」
「(両方赤いのよ、両方)」
——市は、予想通りの騒ぎになった。
「おい、見ろよ。角の……って、姫様か!?」
「《腐れ縁》の五人目だろ?えらい変わりようだな!!」
「嬢ちゃん、うちの揚げ菓子食ってきな!!絵になるからよ!!」
「宣伝に使われてる!?」
ヴィクは視線の的になり、視線のたびに俺の袖の裾を掴み、屋台三軒目あたりからは、開き直って堂々と歩き始めた。慣れの早さも、俺たちの眷属の才能である。
途中、姉御が、にんまりと俺の隣に並んだ。
「ね〜え、紳士くん。さっきから、視てないでしょ、あの子のこと。自慢の眼で」
「拝見は、していない」
「なんで?」
「……勝負服の日に、情報はいらん。目に映るだけで、満点なので」
「〜〜っ、あっはっは!!このこの!!言うようになったじゃない!!」
「痛い!!背中を叩くな姉御!!」
「ご褒美よ。あ、そうだ。ついでに聞くけどさ」
姉御は、声を潜めて、悪い顔をした。
「あたしのは?視ないの?ほら、今日は勝負下着よ」
「な、姉御、往来で何を!!」
「減るもんじゃなし。ほれほれ」
挑発された。焦点が、反射で、合ってしまった。俺の技術が俺の煩悩に負ける、いつもの音がした。
——ロゼ。特記: 下着、赤。
「…………ふっ」
「あら、その反応は何よ」
「赤、でしたか。……いえ、実に姉御らしい、良い色です。ですが、同志では、なかった」
「どうし?」
「こちらの話です。俺の魂の同志は、漆黒のみ。赤は、敬意の対象ではあるが、覚醒の対象ではない」
「な〜に言ってんのか分かんないけど、あんたが変態なのだけは分かったわ」
「知ってます」
市の途中、俺は運命の屋台に出会った。
「見よ!!“夜あめ”……黒蜜を引いて艶を出した、漆黒の飴細工!!つまりこれは、食べられる漆黒!!」
「はいはい。買えば?銅貨2枚よ」
「無論買う!!——我が眷属よ、半分やろう。漆黒を分かち合うのも、主の務め」
「い、いらな……くは、ない、けど。……ん。あまい。……ん。わるくない」
「気に入ったなら全部やろう」
「はんぶんで、いい!!はんぶんが、いいんだ!!」
「(半分がいい、ですって)」
「(ごちそうさまなのよ、まったく)」
また、勝負服のヴィクは、市の子供たちに「ほんもののお姫さま」と認定され、姫様ごっこの姫役に徴用された。家来役の子供らに囲まれ、木の枝の剣で忠誠を誓われる我が眷属の顔は、困惑三割、満更でもなさ七割だった。
——昼は、九人+コタで、屋台を制覇した。
ひなたが十二軒を食べ歩いて三軒から「看板娘にならないか」と勧誘され、隼人が射的で景品を根こそぎにして今年も出禁になり、沙耶が全屋台の値付けを暗算して「三軒目の揚げ菓子が最も原価率が良心的」と講評した。いつもの、俺たちの市である。
そして、市の外れで、見覚えのある四人組と行き会った。
《暁の誓約》である。
「やあ、皆!!奇遇だね!!」
シリルたちも、冬市の買い出しだった。ただ——その買い物は、少し、変だった。
四人が、同じ店で、同じ保存食を、同じ数だけ、静かに買っていた。相談も、値切りも、寄り道もなく。
「(……ねえ。買い物って、あんなに静かにできるもの?)」
「(俺たちの買い出しは毎回、小競り合い三件つきだからな……)」
「(ん。よりみち、ゼロ。……へん)」
シリルは、ヴィクの装束を見て、やはり真っ直ぐに褒めた。
「素敵だ!!よく似合ってる。……うん、本当に、綺麗なものは、いいね」
綺麗なものは、いい。
その言い方が、なぜだか、少しだけ、耳に残った。
帰宅後、勝負服は、丁寧に畳まれて、衣装箱に戻された。畳んだのは、本人である。
「……ふ、ふん。今日は、その、悪くなかった。市も、菓子も」
「採点不能の日だったからな」
「そ、その話は終わりだ!!……ただ」
ヴィクは、衣装箱の蓋を閉める前に、小さく言った。
「次に着る“ここぞ”が、いい日だといいな、って。……それだけだ」
「ん。いいひに、なる。きっと」
——夜。観測日誌。
『冬市。勝負服、初稼働(被害: 圭吾の語彙)。特記: 《暁の誓約》の買い物、所要八分。四人で、八分。……私たちは二刻かかった。どちらかが、たぶん、どこか変なのだ。どちらが変かは、考え中』




