第104話 暁、帰還す
その日、ギルドの扉が開いた瞬間、受付の空気が、ぱっと華やいだ。
「ただいま帰還しました。《暁の誓約》、遠征任務より戻りました」
雪を払って入ってきたのは、四人組だった。先頭に、金髪の剣士。整った顔。整った所作。整った、声。
シリルである。
「おかえりなさい!!《暁の誓約》の皆さん!!長い遠征、お疲れさまでした!!」
《暁の誓約》。フォルテの名門B級パーティである。リーダーのシリルに、魔法使いのミア、盾役のボルグ、斥候のニナの四人組。迷宮の調査隊で一緒に戦った、あの「お手本」の人たちだ。秋の頭から、南方の長期遠征に出ていた。
「————む。帰ってきたか、“光の存在”」
俺は、マントの襟を正して、迎え撃った。シリル。顔よし、家柄よし、性格よし、仲間仲良し。爽やかさで人を殺せる、俺の漆黒とは対極に立つ男である。ゆえに俺は、こいつを勝手に、宿敵と認定している。本人は知らない。
「圭吾くん!!それに皆も!!聞いたよ、すごい半年だったそうじゃないか。氾濫を止めて、王都に呼ばれて、Cランクで、新しい仲間まで!!」
シリルは、まっすぐヴィクの前に来て、まっすぐ手を差し出した。
「初めまして。シリルです。君が、噂の五人目だね。コルン村の話、道中で聞いた。子供たちを守ったって。素晴らしい勇気だ。握手してもらえるかい」
「え、あ、その……ど、どうも」
ヴィクは、握手しながら、フードもないのに顔を隠しそうになっていた。正面からの賞賛に、俺たちの眷属は弱いのである。
「(シリルは、初対面の魔族に一切ためらいがないな。……これだから光の存在は。眩しくて腹が立つ)」
「(あの人、良い所しか見ない人だから。あんたの変態を“観察眼”って本気で褒めた前科があるのよ)」
「(誤解が良い方向にしか転がらない男、健在である)」
ミアと沙耶も、再会を喜び合っていた。
「沙耶!!元気だった?王都の練習会の話、文で読んだわよ。素が出ると化けるって——」
「その話は今いいのよ!!それより遠征の話!!」
席に着くなり、暁から、遠征土産が配られた。南方の乾果の菓子である。
「ん。……!!」
ひなたの目が、見開かれた。一粒を、三十秒かけて、舌の上で検分している。
「みなみの、ひかげぼしの、ぶどう。みつは……はちみつじゃない。はなのみつ。……これ、つくったひと、ていねい」
「せ、正解だよ。よく分かるね!?作った職人が、花蜜にこだわる人でね」
「俺たちの鑑定士が今日も精密」
「ん。おいしいものは、じょうほうの、かたまり」
——再会ついでに、昼飯を一緒に食うことになった。
食堂の卓で、遠征の土産話を聞く。ひと季節がかりの、南方の遺跡調査。危険も多かったはずだが、《暁の誓約》の話は、実に整然としていた。
「三十七回の戦闘で、負傷は軽傷が二回だけ。連携が、僕らの誇りでね」
ちなみに、この昼飯の席、食べ方にも文化の差が出ていた。
暁の四人は、同じ速さで、同じ順番で、静かに食べる。俺たちは、開始三十秒で干し肉の争奪が発生し、ひなたの皿だけ二倍速で空になり、俺の芋がいつの間にか一個消えていた(犯人は永遠に不明である。隼人だが)。
「(見なさいよ、暁の食卓。綺麗……)」
「(こっちは戦場なのよね、毎食)」
唯一、静かな攻防があった。ひなたと、暁の盾役である。大食い同士、互いの皿の減りを、ちらちらと確認し合っていた。言葉はない。だが、おかわりの回数だけが、静かに、三回、並んだ。
「相変わらず、お手本ね……。ね、秘訣は何なの?」
「“誓約”だよ」
シリルは、当然のように言った。
「僕らは結成の時、全員で誓いを立てたんだ。“互いを疑わない。役割を守る。背中を預ける”。で、遠征のたびに、誓約更新の儀をやる。初心を確かめ直すのさ」
「け ん か は?」
ひなたが、芋を頬張りながら聞いた。
「喧嘩?はは、しないよ。誓約があるからね。不満は、溜まる前に、儀で流すんだ」
「「「「…………」」」」
俺たちの卓が、一瞬、微妙な顔になった。喧嘩をしない、が理解できない一族なのである、こちらは。
「し、しないんだ、喧嘩……」
「わ、私たちには、真似できない世界ね……」
「俺たちは今朝も、風呂の順番で二件あったからな……」
「文化の違いというやつだね!!はっはっは!!」
シリルは、爽やかに笑った。爽やかに笑って、それから、ほんの少しだけ、声を落とした。
「……ただ、まあ。これだけ長く遠征してると、さすがに皆、疲れてね。今回の更新の儀は、少し念入りにやろうと思ってるんだ。ちょうど、いい導師様も紹介してもらったし」
「導師様?」
「ん?ああ、遠征の帰り道で会った、巡礼の方でね。絆の祝福を専門にしてるらしい。“誓約の絆は美しい。ぜひ、お手伝いを”って」
俺の背中を、冷たいものが、走った。
「シリル。その巡礼は」
「うん?」
「……白い、外套の?」
「そう!!知ってるのかい?とても感じのいい方でね。にこにこして——」
卓の下で、五人の膝が、同時に、微かに動いた。目配せは、一瞬で済んだ。
「(来たわね)」
「(ああ。……しかも今回は、外からじゃない。“望まれて”、中から来る)」
俺は、笑顔を作り直して、できるだけ何気なく、聞いた。
「シリル。その儀とやら、いつ、どこで?」
「十日後。僕らの拠点で。……どうしたんだい、圭吾くん。真面目な顔をして」
「いや。——実は俺たち、絆の専門家でしてな。ぜひ、見学させていただきたく」
「専門家!!ああ、例の“外来”の!!光栄だよ、ぜひ来てくれ!!」
誤解が良い方向にしか転がらない男は、今日も、こちらの都合の良い方向に転がってくれた。ありがたい。ありがたいが、胸の奥は、ざらついたままだった。
帰り道、誰も、しばらく喋らなかった。
「……教本の、空欄の頁」
沙耶が、ぽつりと言った。
「ええ。“完璧に正しい絆”が、狙われた場合」
「書き込む日が、十日後に来るかもしれないわけだ」
雪の大通りの向こうで、《暁の誓約》の四人が、綺麗に並んで歩いていくのが見えた。
綺麗だった。本当に、綺麗な——形をしていた。




