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光太郎

 隅扇島すみおうぎしま

 京国西部にある港町である。


 京国独特のヒエラルキーはこの頃から存在しており、それは武商工農労と呼ばれている。

 これは安直な略語で、武士、商人、工業従事者、農家、労働者の順番に偉い。などと言うことを、町民が忘れないようにするための言葉である。


 しかしここ隅扇島はまた、独特な風潮がある。それは、『扇武士おうぎぶし』という言葉だ。


 この言葉の意味するところは、リヒトと戦争になった場合、リヒト兵は西側の『地獄の壁』を登ってくることなどあり得ない。

 つまり、東側の京浜大志けいひんたいしという街を経由して首都、荒神あらかみまでやってくるために、隅扇島にリヒト兵は立ち寄らないだろうと言われているのだ。

 よって隅扇島に配属となった京武士は暇人。カカシほどの価値しかないもの。偉そうに扇で浴衣を仰ぐことしかやることがないので、

地名も併せて二つの意味で『扇武士』と呼ばれてしまっているのである。


 まさかの中荒隅制圧により、いっときは出番があるかも知れぬと、偉そうにしていたところに、現地の住民がリヒト兵を追い返してしまったために再び出番を失った。

 そういった事情により、この街に配属となった京武士は、それだけでプライドを傷つけられているためにやさぐれている。

 

 今日も、『扇武士』絡みの事件があった。


 苛ついて、肩を怒らせていた京武士と、町娘が道端で衝突したのだ。


 もちろん、吹き飛ばされたのは体の小さい少女の方。

 しかし、怒り狂ったのは武士の方だった。


「貴様、どこに目をつけておる!!」


「申し訳ございません! 申し訳ございません!」


 相手が女人だとわかり、強く出れると思った武士はなを威圧的になる。


「京国の防人もりびとたる京武士の道を妨げるとは、八曜の道を妨げると同義ぞ! どこに目をつけておる! エエ!!?」


「申し訳ございません! 急いでおりましたもので……」


 この一言が、よくなかった。

 

「貴様! 気が急くあまり拙者の事がみえていなかったとでも申すのか! この! 無礼者!! が!」


 男が腰のものに手をかける。


「武士に対する無礼は神への無礼に等しい! この場で手打ちにいたそうか!!」


 男が刀を抜こうとする。少女は涙を溜めて目をつむる。


 しかし様子がおかしい。男の刀が抜けない。

 男が腰に視線をやると、別の刀が男の刀のつばに引っ掛かっている。


 通り過ぎの労働者風の男が、武士の刀の鍔に刀を当てているのである。


 この男、いつの間に抜いた? ……そして、どのようにしてそんな器用な芸当を……?


「へへへ……すいやせん。《《京武士殿の危機》》に労働者風情が手助けをさせてもらった次第で……」


「……貴様、なんのつもりだ」


 男の身なりは貧しく、無精髭にボサボサの髪。胸から肋骨あばらぼねが浮き出るほど痩せていた。

 

「へえ。仙野多摩せんのたまが占領された今、いつここ隅扇島にもリヒトの魔の手が迫り来るかわかりませぬ。

 京武士様の大事な時に、こんな小娘斬って万が一、大事お侍様の刀が曲がるなんてことになったら、それこそ国の大事にござります。

 こりゃあいけねえと思って、馳せ参じた次第にございます」


 すると流石に武士も引っ込みがついたのか……


「そうだな。うむ。その通りだ。小娘。以後気をつけよ」


 と言って立ち去ったのである。


「……大丈夫かい、お嬢ちゃん」


 小娘は目に大粒の涙を溜めながら、何度も何度も頷いた。


「今は戦時だ。どこに危険が潜んでいるかわからねえ。次は気をつけるんだぜ。さ、行きな」


 娘は立ち上がり、何度も男に頭を下げてから、小走りで立ち去った。



 サテその一件を、少し離れた場所から見ていた少年がいる。

 少年は、拍手をしながら男に近づいて……


「すれ違い際の居合、見事にござった」


「……誰だい。あんたも武士かい?」


「これは失礼仕った」


 背の低い少年は、男に頭を深々と下げた。


「拙者、竹中晶と申すものにござる。

 訳あって仙神堀せんじんぼりを目指す道中にござる。……それよりなかなかの使い手とお見受けするが、剣はどこで?」


 すると男はヘラヘラと笑った。


「こんなものは昔とった杵柄って奴でさぁ。規律だの武勲だの、愛国心だのリヒトだの……俺には興味が持てないもんで……お恥ずかしい」


「イヤ。下手を打てば完全にあの武士の胴を抜いていた。それを迷いなくぶっつけ本番でやってのけるとは。

 よほどの胆力の持ち主とみた。

 拙者感動いたし申した。ここは一つ、茶でも奢らせていただけませぬか」


「随分気前がいい、珍しい武士さんだねえ。……あんた、ここらへんの武士じゃあないね? どこから来たんだい?」


 男が聞くと、晶はやや目を伏せて……


中荒隅なかあらすみにござる」


「え……」



 * * * * *


 隅扇島の茶屋で、二人の男が膝を交えている。


「そんな……ことがあったのかい……」


「左様。しかし、拙者は諦めてござらん。そして京もリヒトもござらん。必ずや、かの村を再興させなければならぬ。そのために、首都に我らがまだ健在であると言うことを伝えねばならぬのにござる」


 男は晶を品定めするようにじ……っと眺めた。


「するとあんたが……千人のリヒト兵を追っ払ったっていう……?」


「そんな大した話じゃござらん。兵法を齧っていれば、誰でもできる芸当にござるよ」


「いやあそんなわけがねえ! ……あんたの勇気に比べれば、俺の居合いなんて子供の飯事ままごとだ。

 ……晶さんっつったっけ? どうだい。俺を雇っちゃみないかい」


 男の顔は、真剣そのものだった。


「……本気にござるか」


「俺は武士には興味はねえ。リヒトに恨みがあるわけじゃねえ。でも、あんたって男に興味を持った。

 影武者にでもなんでもなってやろうじゃねえか」


 これで話は決まった。


 それが、長きに渡り晶を支え続けることになる、柳谷光太郎やなぎやこうたろうとの出会いだった。


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