陽香
「もし。もし、旅の方」
隅扇島から、仙神堀に向かう道中、晶と光太郎に声をかけたのは、
荷物の多い、か弱そうな女性だった。
『旅の方』なんて言い方の割には、自分の方が旅をしているように見える。
晶は立ち止まる。
「中荒隅へは、こちらの道から行かれますでしょうか?」
女は穏やかな笑顔で聞いてくる。
「中荒隅は……先日の戦で焼け落ち申した。
今は何もござらん」
晶が言うと、女は先刻承知であると言ったふうに続ける。
「エエ。大きな戦があったのでしょう?
そうであるならば怪我人が大勢いるはずですので」
晶と、光太郎は顔を合わせる。
「……失礼仕るが、中荒隅になんのご用にござりますか?」
すると女は重たそうな荷物を担いだまま、深々とお辞儀をした。
「こちらこそ失礼を致しました。私は陽香。栗林陽香と申します。
薬学と、外科治療を生業としているものにございます」
段々と、女の意図が伝わってきて、晶は呆然としてしまった。
「その大荷物で中荒隅まで……向かうおつもりにござり申すか。
中荒隅は、思われている以上に悲惨な状況にござる。
……仮に患者がいたとしても、先立つものも持ってはござらん。
お医者様はありがたいが、商売は成り立つとはとても思えぬ……」
晶に言われても、女は表情を変えなかった。
「医者の意義は、患者を治す事。お金をいただくことではございませんわ」
「村には、まだリヒト人がいる可能性もあるのに御座ります。リヒト人も救うおつもりか?」
「もちろんですわ。医者には国境もございません」
女の凛とした表情に、晶は思わず「ハァァ……」と嘆息を漏らした。
「……イヤ、失礼仕った。世の中にここまで立派な方がおられるなんて、思いもしなかったのにござる」
「ああ。間違いねえッスよ。京武士なんかよりも遥かに徳が高い……」
晶も光太郎も、大荷物を抱えながら山道を登り、無償で中荒隅に向かわんとする女性に感動してしまった。
「実は……拙者は、中荒隅の者にござる。
村の者はわずか数名を残して皆、八曜の神の懐に旅立ち申した……
しかし、拙者は今、中荒隅を再興させようと奮起しているところにござる。
神の名に誓って必ずや、かの村を蘇らせる使命がござる。
陽香殿、その方さえよければ……力を貸してはいただけまいか」
「私に……ですか?」
「村医者は必須にござる。陽香殿ならば、信頼して治療を任せられまする。
もちろん、首都からの補給を回復次第、給金も支払いまする。陽香殿、是非、力を貸してはいただけませぬか……!
今の中荒隅に必要な人材は、陽香殿のような方にござる! 何卒、何卒……!」
晶は地面に膝をつき、深々と頭を下げた。
「よしてください。武士様が町医者などに……
わかりました。中荒隅の復興。微力ながらお手伝いさせていただきます」
思わず晶は顔を上げた。そしてもう一度、深々と頭を下げた。
「陽香殿……ありがとう存じます」
このようにして、後に玉隅と名を変える村の、住民を救うことになる栗林陽香は、竹中晶の傘下に加わることになった。




