小十郎
晶が中荒隅の山を降りているのには理由がある。
それは自ら使者となり、京本国に中荒隅は健在であることを伝えるためである。
流石に首都、荒神まで戻るには距離が遠すぎるが、隣接都市で晶の第二の故郷でもある仙神堀まで戻り、荒神に使者を頼むつもりでいた。
それが道中で光太郎と出会い、陽香と出会ったことにより、人数も荷物も増えた。
陽香の荷物が本当に重たく、女人一人にこのような重荷を背負わせているのでは甲斐性がなさすぎると言うので、
荷物も三等分したのであるがそれでも重たかった。
仙神堀の都心部が近づくと、光太郎がくすぐったそうな顔でこんなことを言う。
「イヤア、前から思っていたのですが、荒神や仙神堀なんて都市は侍臭くて嫌ですなあ」
「……そう言うものにござるか」
光太郎は、自分で言った言葉に自分で恥ずかしくなり、顔を伏せてしまった。
「自分のような、柳谷の落ちこぼれには肌に合わないんでしょうなあ。この空気は」
そういえば、光太郎の身の上話を聞くのは初めてな気がする。
なるほど。どうりで刀の使い手なわけだ。
「お主、柳谷であったのか」
「過去の話でごぜえやすよ。『綾名』をいただく前に抜け出しちまったもんで」
京国の名家には、独特の風習がある。
柳谷なんかが非常にわかりやすい例だが、十五歳を越えて成人し、家長から認められると『綾』の付く名を与えられる。
これを柳谷では『綾名』と呼ぶらしい。
よって京国で『綾◯◯』などと言う名前を目にすれば「オ!」と一目置かれる存在になり、名刺代わりになるのだ。
晶の知り合いでは『綾鶴』がそれにあたるが、綾鶴と光太郎が兄弟や近い親戚かどうかといえばだいぶ怪しい。
柳谷は名家で分家が多々あるからである。親戚が多すぎて、柳谷同士でも顔も名前もお互い認識できないことなどザラにあるのだ。
そして柳谷は隅扇島と、仙神堀に多い苗字である。
事件は、三人が仙神堀の都心部に足を踏み入れた時に起きた。
「あれは何かしら……」
陽香が差した先に、人だかりができている。
人々は何かを囲んでおり、各々怒っている。
武士もいれば、農民、商人。大勢の京人がたった一人を囲んでいるのである。
その男の髪の色ですぐにわかった。
囲まれているのはリヒト人だ。
晶は荷物を背負ったまま、輪になっている人間をかき分ける。
「何事にござるか! 私的な制裁はやめよ!!」
晶が必死で輪をかき分けて、ようやく男の前までやってきたが人々の怒りは収まらなかった。
「そこを退け商人。そいつは薄汚えリヒト人だぜ」
『薄汚い』と呼ばれたた男は、擦り切れた唇を噛み締めたまま、黙って下を向いていた。
「暴力を働いて良いのは、宗敵にのみのはずにござる。八曜の神にそう誓ったでござろう!」
「こいつが八曜なわけがねえだろ! 商人ふぜいが偉そうなことを抜かすな!!」
晶は格好のせいで、商人と間違えられているのだろう。
「そいつは中荒隅を焼いた奴か、仙野多摩を乗っ取った奴の仲間に違いねえ!
ここで始末しねえと、それこそ八曜の神に申し訳がたたねえ!」
「そうだそうだ! きっと仙神堀を乗っ取りにきたに違いねえぜ!
ここで叩っ斬っちまえ!!」
町民の怒りは頂点に達している。
晶は精一杯両手を広げて食い止めようとする。
「ならぬ! この男を手にかけてそれが何になる! 私的制裁と何ら変わらぬ!」
「邪魔しようってか? このやろう……」
町民はジリリと晶に近づく。と、そこに……
「おおっと。やめた方が身のためだぜ」
飄々《ひょうひょう》と光太郎が輪の外から声をかける。
「武士ならここにいるぜ。俺ぁ柳谷の綾吉ってんだ。そこの商人さんの言ってることが正しいぜ。全員、頭を冷やしな」
「綾……!?」
流石に輪になっている人間達はざわつく。
「信じられねえってんなら調べてくれて構わねえ。ここから俺の家は近いからな。
どうしてもってんなら力比べしてもいいが、ただし留意しろい? 痛えぞ柳谷の太刀筋は……」
すると、人間たちは、舌打ちをしながら三々五々に去っていく。
慌てて陽香が駆け寄り、リヒト人に手当てを始めた。
「……お主、『綾名』を持っていたのか?」
「あんなのはハッタリに決まってまさあ。しかし、大将も無茶をするもんだ。
危うく大喧嘩になるところでしたぜ」
リヒト人の方は大きなため息をついた。
「……なんで助けた」
晶も光太郎も陽香も、思わずリヒト人を見た。
「……お主、京言葉を?」
「話せるさ。俺は京人だ。さっきの奴らも……知り合いみたいなもんだ」
晶は腕を組んでしばし考えた。
「……混血にござる」
京とリヒトは、過去に連鎖的な火山の噴火による絶滅期後の崩壊した大陸を復興するために支えあっていた時期がある。
それ故に京人とリヒト人の混血が生まれる事も稀にあるのだ。
そういった者たちは、京とリヒトが断交してからは居場所がなくなり、京とは区分の違う『虚民区』に逃げ込む人間が多かったのだと言う。
彼はどうやら違うようだ。
「お前さん……こんな場所で何をしてるんでい……」
光太郎が思わず声をかけた。
「別に……。兵士に志願したんだ」
「リヒトと戦うためにかい?」
「何かおかしいかよ?」
手当の終わった男は、ヨロヨロと立ち上がった。
「こんな外見でも、俺は京国が好きだ。
八曜の神への信仰もある。……だが、残念ながら京国は俺が嫌いらしい。忌々しい血が混じっているせいでな」
すると晶はしばし考えて、言った。
「ならばお主、拙者の家臣にならぬか?」
男は、突然商人の格好をした男にそんなことを言われて、今ひとつ理解ができていなさそうだった。
「あんたが俺を……? やめときな。俺には薄汚えリヒトの血が混じってるんだ」
「その、リヒトの血とは何のことにござるか」
晶は腕を組んだまま、まっすぐ男と向き合う。
「リヒトは、拙者の敵にござる。故郷を焼かれ申した。
おそらく、リヒト人に八曜の教えを説いても、理解はされぬでござろうな」
「……故郷を焼かれた……? あんた、まさか中荒隅の……?」
晶は黙って頷いた。
「なら、なおさら俺が憎いだろう。あんたの故郷を焼いたのと、同じ血が半分混じってるんだぞ。俺には」
「その血がわからぬと申しておるのだ」
「この外見を見ても、何とも思わねえのかよ! 憎くて憎くてたまらねえだろ!!」
「お主が拙者や、拙者の仲間に刃を向けるなら、拙者は相手になるだろう。
だが、血の話で言うならば味方も敵もない。斬れば同じ赤い血が流れておろう」
「…… ……やめておけ。俺が自陣にいれば、さっきの連中みたいなのが湧いて出るぜ」
「そんなことなら……」
晶は座った目をしてじっと、男を見ている。
「そんなことなら京国はそれまでの国にござるよ。
京武士が刀を向けるのは、仇敵か宗敵のみ。お主が同じ神を信仰し、同じ川の流れにいるのであれば、
拙者はお主を傷つけるものを仇敵とみなす。
拙者が目指す新しい村作りには、お主のような男が必要にござる」
男はしばらく晶を見ていたが、やがて黙って頷いた。
「拙者、竹中晶と申す。名を聞いても良いか」
「……小十郎。三枝小十郎だ」
それが、生涯をかけて竹中晶の側で彼を護り続けた忠将、三枝小十郎との出会いだった。




