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玉隅学校制圧

 菊千代が敵襲の報を聞く数刻前の事である。


 日依は寺子屋から雨の気配を感じていた。

 

 晶先生も、綾鶴先生も、実峯先生もいない寺子屋では、

『天から降りてきた』男性が『けいざいがく』なるものを教えてくれているが、

『戦時いんふれーしょん』とか『さぷらいちぇーんの寸断』とか、本当に京言葉だろうか? と疑問に思ってしまう言葉を並べてくるので、

ついていくのが本当に大変である。


 事件は、突然起きた。


 外から叫び声が聞こえたと思ったら、大勢の大人が寺子屋に入ってきたのである。


「動くな!!」


 京言葉だった。でも上がってきたのはリヒト人である。

 仮面をつけている。

 

「お前達を……殺すつもりはない。だが妙な動きを見せたら容赦はしない!」


 ……足が悪いのだろうか? 別のリヒト人に肩を借りながら片足を引きずって寺子屋に入ってきた。


 リヒトの兵達は寺子屋を囲み、封鎖した。

 

 隣の子供は怯えていて、泣かないように歯を食いしばって堪えている。


 日依は、思わず腰の刀に手を伸ばした。

 なぜそうしようとしたのかは、自分でも分からない。

 相手の司令官は、足を負傷している。ならば自分でも、やれることはあると思ったのだ。


 晶先生から習った、渾身の突きだった。

 命をかけた一撃を、仮面の男は長剣で防いだ。

 そして男は日依の刀を落とした。


 やっぱり、ダメだった。足を怪我していて、力が出せないように見えるのに、それでも強かった。

 

 仮面の男がゆっくりこちらを睨み、大勢のリヒト兵が日依を取り囲む。


 ああ、ここで自分は死ぬのだ。

 信仰に殉じるとは、こう言うことなのだと悟ったが、仮面の男は片手で他のリヒト兵を制した。


「……このように、抵抗しても無駄だ。

 諦めろ。それからそこの男」


 仮面の男は、『天から降りてきた男性』に命じた。


「将に伝えよ。ここの生徒全員の命はもはや、我らの手の中にある。

 無駄な抵抗はせず全員山を降りろ。でないと首都の若い命が皆信仰に殉ずることになるとな」


「は……はいい!!」


『天から降りてきた男』は仮面のリヒト人に命じられて、寺子屋を出て行った。



 * * * * *



 やがて滝のような雨が降ってきた。

 

 子供達は特に、乱暴に扱われたり暴力を振るわれたりなどはせず、

一箇所に集められてただ座らされていた。


 むしろ、京人であっても子供を見るのが久しぶりだったのだろう。

 ついに声を出して泣き出した子供の頭を撫で、リヒトの歌を歌ってあやしたりもした。




 日依のみ、刺しかかったこともあって手足を拘束され、仮面の男の前に連れてこられた。

 男は寺子屋の机に、どっかりと座り、窓の外の雨を見ている。ひとまず、日依をどうこうするつもりはないようには見える。


 ややあって、京武士たちが山を降りていく足音が聞こえた。

 自分達は取り残されたのだ。

 日依は窓の外を感じながら思った。

 それが伝わったのか……


「心配するな。明日の朝になったら、お前らも山から下ろしてやる」


 仮面の男が京言葉でそう言ってきた。


 * * * * *


「……お前は、どこの生まれだ」


 やることがないから退屈なのだろうか。

 仮面の男が話しかけてきた。


「……仙野多摩《せんのたま》」


 日依は答える。

 男は仮面で表情は見えないし、声も威圧的だけれども、なぜだか安心する声だった。


「なるほど。可哀想にな。こんな悪天候と坂道しかない村に連れてこられて」


 男に悪気はなかったのだろうが、これに日依はカッとしてしまった。


「そんなことない!!」


 ここには、先生達がいる。武術を教えてくれる人もいる。

 みんなで祈って、みんなでご飯を食べて、みんなで生きている村だ。


 仮面は窓から視線を日依に向けた。


「この村が好きか」


 男からの質問に日依は頷く。

 

「……なら覚えておけ。お前が見ている景色と、現実は違う。

 京国ではよくあることだ」


 この言葉の意味が、日依には分からなかった。

 間も無く夜がくる。ここは半日村で有名な玉隅《たますみ》。

 そして大雨。あたりは暗闇が支配する。


「……全員、松明で周りを照らせ。……外には出るな。

 ……『西の亡霊』と一晩やりあうぞ」


 すると辺りは緊張感に包まれた。

 

 ピシャン!! と落雷の音が響く。激しい雷雨のようだ。

 

「……来たか」


 確かに、仮面の男はそんな言葉を口にしたと思う。

 日依は思わず聞いてしまった。


「あなたは、京国の事が嫌いなの?」


 すると仮面の男は……足が悪いはずなのにしっかりと両足で立ち……


「ああ、嫌いだね」


 と言って寺子屋の外に駆け出して行った。


 * * * * *


 外で何が起きているのか分からないが、雨も雷も激しくなっている。

 寺子屋の外で、仮面の男が叫んでいる。


「亡霊よ来い!! 決着をつけるぞ!!」


 外を覗こうにも辺りは暗く、何も見えない。

 ややあって、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえた。

 


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