決戦
(これが戦か……)
シュワルツワルトの戦いが開戦して既に十日以上経っている。
攻め側の京国大将軍、京本光人は、自ら戦場に立つことはせずとも、
毎日聞かされる同胞の将の戦死の報を聞かされ、捕われたリヒトの将の処遇をどうするかの決断を迫られる。
決断を下すたびに、父上と祖母の言葉が頭の中でぶつかり合う。
死罪か? それとも牢に捕らえるべきか?
死罪にしても極刑か? それともリヒトへの恐怖心を煽るよう、磔にするべきだという声も、京武士の中から平然と挙がる。
自国の人間の命、敵国の人間の命、幾百の責任を、その肩に背負うことになった。
光人はまだ、成人したばかりの年齢である。
まず、何を基準に考えるべきだ。
捕らえたリヒトの将が、京武士の将を処しているなら死罪か?
それとも、終戦後、どのみちリヒトは殲滅せねばならぬので、極刑か?
自分の決断一つが、兵一人一人、ひいては京国民の士気に関わる。
綾鶴や実峯は確かにそばにいて、意見をくれはするが決断するのは自分である。
まだ心も、倫理も、イデオロギーも、自分の意見を持っていない未完成な大将軍の心が、明らかに疲弊していく中でその悲報は届いた。
父と、母、祖母の死。そして故郷、荒神の陥落である。
……これでもまだ戦いは終わらない。自分が生きていて、首都、玉隅が残っている限り。
しかし、敵の元首は、自分よりも戦いにおいても人生においても政治においてもベテランの皇帝。
自分は、成人したばかり。毎日届く、将兵の戦死の報に折れそうな心を保っているのに必死だった。
ある日、家族を伴い故郷がなくなる。
これを経験する少年の心細さは計り知れない。
……足の力が抜け、目頭が熱くなり、「助けてくれ!」と悲鳴をあげそうになったとき、自分とよく似た経験をしている人物の事を思い出す。
竹中晶である。
彼は幼い頃に既に家族を失い、故郷を奪われた後で取り戻した。
晶殿なら、こんな時何を思うだろう?
(八曜の神よ、我を救い給え)
目を閉じて必死に心で繰り返すうちに、心の中で晶が語りかけてくれた。
* * * * *
人は、脆い。
自分の心の深さに溺れるような生き物にござる。
だから神が必要なのにござるよ。
我々の信仰を、リヒト人は『逃げ』や『言い訳』と言う。
しかし、心に信じるものがあればこそ、逃げながら、言い訳を続けながらでも、生きていけるにござる。
苦しい時、決断を誤りそうな時は、
『八曜の神よ、お救いください』騙されたと思って唱えてみるにござるよ。
すると、自分に背負わされた重荷は、もはや自分の荷ではない。
全員で背負うものにござる。
復興期を迎えた頃は、戦をしていた頃よりも人が死んだ時期にござる。
斬られるよりも、飢えや病。そして身内からの暴力によって理不尽に命が奪われた悲惨な時期にござる。
信じられるものがない中、皆同じ神を信じて、祈って、そして乗り越えたのにござる。
彼らにできたのだから、お主にも出来るにござるよ。
心に神を。やってみるにござる。
* * * * *
それは、晶が実際に言った言葉では当然ない。
なのに不思議と、そう言葉が聞こえたのだと言う。
悲報を告げた伝令に対し、「あいわかった」とだけ告げ、光人は再び軍議の席についた。
* * * * *
菊千代の目の前に、三つの墓が並んでいる。
嫌な天気と湿気だ。じきに、大雨が降る。
晶は中荒隅城。現玉隅城に暮らすことを拒み、昔の村長の道場があった場所に長屋を立てて暮らしていた。
その裏庭の四方に壁をたて、内側に家族の墓を立てたのである。
確かに思えば思うほど不思議である。
京人は、墓を建てない。建てる場合は、その者に八曜の信仰がない事。
そのほか、止むを得ない状態だった時のみ建てられる。
それが、三つも並んでいる。
……せめて親父さんくらいは、八曜の教えに従って遺骨を川に流してやればよかったのに。
いや、この家庭だ。全員が敬虔な八曜信徒だったはずだ。
なぜ、墓を建てた……?
『案外、相当後ろめたいことがあるのかもしれませんぜ』
頭の中で朧の声が踊る。
(晶が……家族全員を殺して……浅井性を捨てた……?)
しかし、そう考えた瞬間に、それはあり得ないと言う結論になる。
まず、親を斬る理由がない。
親がいかに厳格な八曜信者だとしても、晶だって同じ考えのはずだ。
例え四肢を斬られても、神のためならと耐えるだろう。
(……何があった?)
分からないことはある。京国の頭脳と呼ばれた菊千代にも。
そして……
「敵襲!! 敵襲にござる!!」
伝令が駆け込んできた。
「敵……襲……?」
菊千代は全く予想外の言葉に唖然としてしまった。




