京人が墓を建てる時
激しい風が吹き荒ぶ。兵たちの鎧がキシキシと鳴り、
まるで行儀の悪い子供が長屋の屋根を踏み鳴らしている音に聞こえる。
『地獄の壁』の南側。温暖なリヒト西部では、このような突風が吹くのは珍しいことである。
眼前に広がる巨大な街。
京国荒神も巨大な都市だが、壁に囲われていたためかここまで大きな街を、大将軍京本光人は見たことがなかった。
……振り返れば、幾千、幾万に達する京武士が、突撃の号令を待っている。
京国中で生き残っている、選りすぐりの将が各隊の先頭でそれぞれ、『二』のポーズを作り、八曜の神に祈りを捧げている。
その列の中に、晶はいない。
あれ以来、結局帰りもしなければ、何かしらの報告も入らない。
それはここがリヒト領だからということもあるが、中荒隅からリヒト首都までの道を切り開いた京国の英雄は、その二つ名の通り、亡霊のように消えてしまった。
いよいよ戦が始まる。大きな戦が。
復興期を乗り越え、お互い絶縁してから京武士が入ったことのない聖域。
本日、そこに大勢の京武士が土足で踏み込むことになる。
(八曜の神を、我を守り給え)
光人も八曜の神に祈りを捧げた後……
(晶殿、我に力を与えたまえ! 大国に勝ち切る力を!!)
最も尊敬する京武士に祈りを捧げた。
そしてもう一度、眼前の大国を睨み……
ザ……と手を指した。
「「突撃ーー!!」」
自分の両脇を、数多くの将たちが駆け抜けていき、リヒト領首都シュワルツワルトに吸い込まれていく。
敵は隣接都市にも大勢の常備兵が控えており、どうやったって力と力のぶつかり合いとなる。
同時に、我慢比べともなる。
どちらが、自らの犠牲の多さより、勝利に向けての選択ができるか。
それは、信仰か、自由か。
天秤が大きく揺れはじめようとしていた。
* * * * *
一方、玉隅の菊千代は、相変わらず囲炉裏の火を眺めていた。
英雄晶、ついに帰らず。
その報を聞いてから、なんとなく、以前この街にいた朧という男の言葉を思い出したのである。
* * * * *
「竹中様の家にね、墓が立ってるんですよ」
確かそんなことを言っていた。それで、そういえば彼の家族の事など考えたことがない事を思い出した。
「名前見てびっくりしちまいました。何せ、書いてある名前が『浅井義昭』」
「……『浅井?』」
京ではよく知られた名だ。信仰心が強く、誰よりも強く、名家でもないのに御前試合への出場を許され、見事優勝をとった。
そして、仙神堀にて『表義昭流剣術』の道場を建てたという。
「なら、晶はなぜ『浅井』を名乗らないんだろう?」
「そこでさあ。こりゃあ、俺の想像ですがね。
竹中は彼の母親の姓。どうしてそっちを名乗るのか……
……それは彼にも相当後ろめたいことがあるからじゃないですかい?」
「晶くんにかい?」
浅井義昭は信仰心に厚く、自らの流儀を『八曜剣』と名づけるほどである。
彼が父親なら、それはそれは敬虔な八曜信者の息子が生まれて然るべきだろう。
菊千代は朧の話を、そんな風に聞いていた。
なぜそんなことをしようと思ったのか、菊千代自身にも分からなかった。と後に彼もいうが、菊千代は立ち上がり、晶の家の墓を除いてみようと彼の長屋を訪ねたのだった。




