菊千代の誤算
山に抱かれ、木々に囲まれ、川の流れる玉隅でも感じる、雨の気配。
こりゃあ、また今晩も雨だな。
囲炉裏に火を焚べて、菊千代はぼんやり考えていた。
そろそろ……伝令が来る頃だ。
「伝令!! 伝令!! 伝令!!」
「おう。どしたの」
京武士が、軍議室に上がり込んでくる。
「仙神堀の物見櫓からの報告にございます!!
京国将軍、京本光国公、討死!! 荒神の陥落は必至とのことです!!」
菊千代は、ゆっくりと体を起こし、二のポーズを作ってお辞儀をした。
「八曜様。殿をお導きくだされ…… ……で?」
「は……は!?」
「報告はそれだけじゃないだろう。東進軍……もう東進軍じゃないのか。
スタンウェイは、今何をしているの」
「は!! それが、リヒトの損害も大にして将兵の殆どを失ってございます!」
「だろうねえ。で?」
「荒神に残り……城に籠っております! 尚……」
「うん」
「リヒト本国に頻繁に伝令を出しているとのこと! おそらくは増援と物資の要求かと思われます!!」
「…… ……わかった。ご苦労様」
伝令兵が出ていくと、菊千代は火かき棒で囲炉裏の火をいじっている。
(……おそらく、兵の増援と物資の要求は届くまい。やつもそれを期待していない。
では、なんの伝令か……?)
と、考えておきながらも、答えは決まっている。
(……仮にシュワルツワルトが陥落したら荒神をリヒト首都として、再興を目指す……か)
こうなることは、菊千代はいずれかの段階で予想はしていた。
お互い、皇子やら殿下やらが生き残り、首都を変えながらも戦場は大陸中を巻き込み、混沌とする。
(おそらく被害が甚大なのは本当だろう。
余力があるなら、今すぐにでも将兵のいない仙神堀に攻め込むはずだ)
火かき棒で、囲炉裏に線を書きながらあれこれ思案する。
(シュワルツワルトを、京が取る。そのタイミングで荒神がリヒト首都になる。
すると……仙神堀、隅扇島、京浜大志を取られる……が……)
隅を火かき棒で、強く突く。
(奴らの補給線は淀桂のみ。ここさえ閉じて仕舞えば敵の総数は多くない。
それに今すぐ行動はできまい。
シュワルツワルト陥落と共に、淀桂を抑えて皇子を捕らえて……ようやく詰みだ。
はあ。めんどくさ)
菊千代は横になった。
* * * * *
……この時実は、菊千代は気が付いてなかった。
今の伝令は、リヒトに寝返った蝮入道の偽情報である。
よって、皇子が淀桂を通過しようとしていること、パソンが玉隅に向かっている情報は届かなかった。
柳谷の悪い家風が出た。
自分の想像していたことが真実となった時、たとえそれが歪んだものだとしても真実としか見れなくなるという、柳谷の性質を見抜いていたのだ。
これは後に、「蝮の毒」と呼ばれる策として、リヒト軍師、蝮入道が憎んでいた柳谷に一矢報いた結果となった。




