ドナウ占領
モーゼルからやや南に進んだ位置。
夜なのに全てのものは静まり返る不毛の地にて、大将軍京本光人は、シュワルツワルトの隣接都市ドナウを睨んでいる。
モーゼルで言われた晶の一言が、嫌に気になっている。
『この作戦で生き残れたなら、もう大丈夫にござる』
あれは、何を意味しての言葉なのであろうか。
大将軍として京国を守っていけるということだろうか? それとも、自分はいなくてももう大丈夫ということだろうか。
……邪念を払う。
砂埃を纏う乾燥した風が吹く。
大陸の気流は基本的に北東から西に流れるのだが、リヒト側は波風がある。
よって乾燥しているのに粘着くような、まとわりつく空気が西から吹くのだ。
「……大将軍」
隣で綾鶴が指を刺した。
闇夜の奥深く、ドナウの地から、煙が二つ上がる。
かと思ったら、さらに遠く。ヴェーザーからも煙が上がっているのが見える。
これは、敵の主要拠点を焼き払った合図である。
大将軍光人は目を閉じた。
喉の奥が確かに震えた。
深く呼吸をし、晶の言っていた言葉を思い出す。
『八曜を信じるにござる。川の流れに身を委ね、大海に至るまでを人生とするにござるよ。
道中、流れが停滞することもある。大きな滝や、激しい氾濫もある。
それでも、川は正しく流れるにござる。
辛いこと、答えの出ぬことは、信じていれば神が答えてくださる』
目を見開き、振り返れば五千という将兵が、自分の突撃の合図を待っている。
光人は祈った。晶がそうするように。
「八曜よ! 我にご加護を!!」
光人が腕の前で『二』のポーズを作ると、五千の将兵は一斉に同じことをした。
「突撃!!」
* * * * * *
晶の策は成り、京国は、ヴェーザーからの援軍を防ぎドナウを制圧した。
光人の進軍が迅速だったために、マーラと寧々を無事救出することができた。
……晶とレイドヴィヒはまだである。
制圧したドナウの城から、ヴェーザーの煙が見えている。
しかし……晶は帰ってこない。
* * * * *
光人や綾鶴は、今より首都攻略のための軍議を開かないとならない。
もちろん晶も参加する予定だが、不在のまま軍議は開かれることになる。
軍議室に向かう、足取りが重い。
まさか……まさか本当に、道を切り開くために自分の身を犠牲にしたというのだろうか。
……八曜で言うところの、『信仰に殉ずる』とは、このことなのだろうか。
晶が最期の最期にその覚悟を自分に『見せた』のだとしたら……?
光人は嫌な予感がしてたまらぬ。
玉隅が首都になり、村は復興した。
そしたら晶は、自身の目的を果たしたことになる。あとは……信仰に殉ずるだけ。
足取りが重い。そこに……背中を綾鶴が叩いた。
彼も今同じ気持ちだろう。
不安で仕方が、ないだろう。
「大丈夫だ。晶は帰ってくる。今までだってそうだった」
光人は頷き、軍議室に向かった。




