詰めろ
港町ハイデ・アルエルクに、京国中の将兵という将兵が集められている。
首都を含む主要三都市の、常駐兵を含む兵。
はては東部、黒見、黒堀の常駐兵。
もはや京国東部は『もし攻めたいなら好きに攻めてくれ』と言わんばかりの、いわゆる決戦に向けての準備だ。
今更京国東部をリヒトに持っていかれようが、皇子と皇帝を捕らえてしまえば終わりである。
何度も何度も船は往復し、将兵、備、兵糧が送られてくる。
瞬く間に、ハイデアルエルクは京武士一色となった。
兵によると、もうすでにハイデアルエルクの民家は全て兵で埋まっており、新しい都市を占領しないと住処がなくなる状態にまでなってしまっているらしい。
これら、幾万となるかという兵を率いる将軍は綾鶴と実峯となった。
「俺かよ……」と綾鶴はお腹を抑えてうずくまった。
思えばおかしなものだ。柳谷の『綾名』を襲名してからいつかは軍を率いる身になると思っていた。
それが、リヒトとの開戦直前に、一番京武士の出番がないだろうと言われていた中荒隅に異動となり、腐っていた。
……その時のツケが、利子をつけて返ってきた事になる。今や、一国の兵を預かる将軍になってしまった。
荒神将軍府で言うところの『京本八将軍』のようなものだ。
自分が、寸馬亭金座や、綾国、綾湖陵姉さん達の隣に列席していると思うと、笑ってしまう。
……笑っている場合ではない。そのものたちは皆、八曜の信仰に殉じ、京国の守護神になってしまったのだから。
『綾名』をとった時から、京国のためにリヒトに打ち勝つと覚悟を決めたはず……と自分に言い聞かせる。
……晶は? どう思っているのだろう?
あいつの目的は最初から中荒隅を再興することで、その夢はやはり京国首都になったことで叶ってしまった。
あいつに、リヒトを恨む気持ちは、ない。
それが今、故郷を離れて異国の地にいる。本当は、玉隅に……いや、中荒隅に帰りたいのではないのだろうか?
それとも……?
綾鶴は、首を振って邪念を払った。ここ数日間、ずっと感じていた邪念だ。
本人に確かめたいが、それは今ではない。
* * * * *
「拙者の忍びから、情報が届き申した」
ハイデアルエルクの軍議室にて、晶は地図を背に、もはや、誰が誰だかわからぬほどの大勢の前に立っている。
「ここからは避けられぬ、総力戦となる。
……大事な『詰めろ』の段にござる。実際、リヒトの兵は、荒神攻めの際『詰めろ』の段階で間違え、
京に対し詰め切れなかった。拙者たちは同じ事をするわけにはいかぬ」
晶は首都ハイデアルエルクの、周りの都市を棒で刺していく。
「ハイデアルエルク。つまりリヒト首都は、実に六つの隣接都市がある。
……内一つは『虚民区』であるが、これは実際のところ、荒神の壁と同じほどの強度があるつまり、どれか一つの都市に攻めれば……」
晶は首都の隣接都市の一つを丸で囲い、その両隣を指した。
「もれなくリヒトの大群に挟撃を受ける事になる。
……ドナウならその心配はござらん。
なぜなら……」
「東のフィカデが『虚民区』だからか」
『虚民区』、つまり非戦闘地帯の事を指す。四肢を失ったり、戦争に関わりたくない人間が、最終的に行き着く場だ。
大陸にはこう言う場所が、京国、リヒト問わず数カ所ある。
「左様にござる。しかし、油断してはならぬ。ドナウの南東部にある隣接都市ヴェーザーに配備されている将兵は五千であるらしい。
この兵が全て雪崩れ込んできたら、消耗戦になること必至にござる。そうなると……」
晶は、シュワルツワルトを大きく何重にも囲う。
「数に劣る拙者たちは《《詰め切れない》》」
晶はドナウに棒で斜線をひいた。
「よって、ヴェーザーの兵を釘付けにしないとならないのにござる」
含みのある言い方に、京武士たちは首をかしげる。
「拙者たちは、同じ方法で敵国を落としてきた。
奇襲部隊を出し、敵を撹乱したところを、本隊が攻める」
晶は再び、ドナウを指した。
「敵は、我々はドナウを攻めると思っている。
理由は二つにござる。
一つは、ハイデ・アルエルクから一番近いこと、もう一つは、東側が『虚民区』だからにござる。
ここに我々が奇襲を仕掛ければ、今のリヒトは脊髄反射でドナウを全力で守ろうとする。
ここでヴェーザーの兵を釘付けにする策は?」
棒でヴェーザーをカン! と叩く。
「……策はこうにござる。
《《ドナウとヴェーザー、同時に夜襲をかける》》」
ドナウとヴェーザーを交互にカンカンカンカンと棒で叩く。
「マーラと寧々殿がドナウ。拙者とレイドヴィヒがヴェーザーに夜襲を仕掛ける。
兵営を襲撃し、兵糧を焼き、敵将を斬る。
こうすれば敵の指揮系統は混乱するにござる。
策がなったところを素早く……」
晶はハイデアルエルクからドナウに向けて線をひいた。
「大将軍と、綾鶴隊がドナウを制圧する」
* * * * *
軍議は解散し、各々支度に入っている。
「待て、待ってくれ!!」
綾鶴がスタスタ歩いてどこかに去ろうとする晶を呼び止める。
「なんでござるか」
「さっきの作戦、なんだかいつもの流れでみんな納得しちまったけど……
あれは……正気か!?」
「正気も何も、これしか手はあるまい」
晶に真顔で言われ、綾鶴は一瞬ムッとなった。
長い付き合いだ。こいつの考えていることはわかる。
「晶……お前の仕事、終わってないからな」
「なんのことにござるか」
「中荒隅を再興すればお前の仕事は終わり……ではないって言ってるんだ!
あの作戦はなんだ!? よそ者と元リヒト兵を集めた決死隊みたいなもんじゃねえか!!」
「無礼を申すな。マーラもレイドヴィヒも、八曜の子にござる。
それに、この手の仕事になれた連中ばかりにござる」
「いいや! お前は違うことを考えてる! ……お前、死にたいのか!?」
一瞬、空気が固まった。
「拙者が?」
「お前とは長い付き合いだ。知り合ってから同じ時間、同じ回数、八曜に祈ったさ。
だけれども俺は八曜に殉じるなんてことが信じられない。
開戦してから数ヶ月、ずっと考えてた。何がお前を突き動かしているのか。
それは本当に信仰か!?」
「他に何があるでござるか」
晶に問われて、綾鶴は一瞬言い淀んだ。
しかし、覚悟を決めた。
「断罪じゃないのか?」
すると、晶はポカンと、綾鶴を見る。
「拙者は八曜の教えに叛いたことなど一度もござらん。
お主が一番よく知っておろうが」
まるで見当違いな事を言ったようで、綾鶴はガク……と項垂れた。
* * * * *
朝焼けの元、マーラ、レイドヴィヒ、寧々、晶の四人は集まった。
「決行は四日後の夜にござる。では、手はず通りに」
晶の無茶には、慣れている三人である。
八曜への信仰もある。
死は、恐れていない。
「八曜のご加護を」
「「八曜のご加護を」」
しかし……真顔で嘘をつける自分のことに、晶は自分で呆れていた。
三人がそれぞれ散り、一人取り残される晶は、天を仰ぎ……
(神よ、赦したまえ)と祈った。




