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モーゼルの戦い

 軍議室に、将達が並ぶ。

 中荒隅《なかあらすみ》の頃とは違いすぎる雰囲気に、晶は戸惑ってしまう。


 本国から増援でやってきた実峯、そして、綾鶴、寧々、晶

 そして、対面に光人、秋光と並ぶ。

 地図を広げるが、いつもの菊千代の欠伸がないと、どうも調子が狂う。


「モーゼルに配備された兵数は二千」


 晶が、白丸から送られてきた報告書に目を通す。


「二千……少ないな?」


「うむ。これには理由があるのにござる。

 それは、モーゼルという立地が関係しているにござるよ」


 晶は地図の上から、さらに大陸地図を広げた。


「見るにござる」


「……ん? なんだ?」


 すると実峯が入ってきた。


「川が流れてない。湖もない。枯れた土地なんです。

 だから、井戸水や、隣接都市からの補給に頼るしかなく、兵も多く配備できない」


「マジか! こんな暑いのに……」


 実峯が大陸地図をしまうと……


「うむ。拙者が思うに、この地を京国が手に入れる利は少ない。

 かといってモーゼルの二千は、兵の少ない京武士にとって首都攻めの障害になり申す。首都隣接都市には、ここハイデ・アルエルクから責めるのが良い」

 

「なるほど。俺にもわかったぜ。この井戸を使えなくしちまえばいいんだな」


 綾鶴が得意げに言う。


「左様。よって、今回は正規兵は必要ないにござる。

 拙者とマーラ、レイドヴィヒ、それから寧々……あとは、光人殿がいればよい」


 その場に緊張感が走る。


「晶様……しかし、敵も井戸を狙ってくることは、承知の上ですので、ここの守りは厳重だと思った方がいいです。……大将軍に万が一の事があれば」


「いや、是非、連れて行ってくだされ」


 光人が真顔で言った。


「晶殿についていくためだけに、十年間将軍府で鍛錬を積み申した。

 拙者は、足手まといにはならぬ」


 目が、本気だった。

 

「大丈夫。拙者は大将軍の側から離れぬように致す。

 夜間攻め込む。ドナウに着き次第、井戸に爆雷管を仕込み、破壊する。以上じゃ」



 * * * * *


 モーゼルは、確かに中荒隅に負けぬほどの村に見えた。

 人間が多く暮らすには向いていない土地なのだろう。


 しかし、今は、リヒト兵が二千。村の中心に兵営を立てている。

 あの兵営の近くに、彼らが命を繋ぐための井戸があるに違いない。

 


 

「どうします?」


 村を前にして、マーラが聞いてきた。


「……夜まで時間がある。

 電撃戦を仕掛けるにござる。

 そんなに広い村ではない。 単身で……村を四方向から囲むにござる。

 マーラが東、拙者と光人殿が南、レイドヴィヒが西、寧々殿が北。

 ……とにかく爆雷は、拙者が持っておる。よって、南側から井戸を破壊する。

 残りの三人は陽動を頼むにござる」


 そして、腕二本を前に出して……深くお辞儀をした。


「我らに八曜の加護を」


「「我らに八曜の加護を」」


 光人は、これまでの人生で一番緊張していた。

 それは死に対する恐怖もあるが、憧れていた晶の背中で戦えると言う緊張が強かった。

 

 * * * * *


 日が完全に暮れ、あたりは松明を持った兵で溢れている。

 夜襲を恐れているのだろうが、片手に松明を持った状態では、ご自慢の両手剣はふるえまい。


 そろそろ……と言うところで、村の北側からリヒト兵の悲鳴が上がった。


「始まったか……拙者たちも行くにござるよ」


「……御意に」


「……八曜の加護を」


「八曜の、加護を」


『二』のポーズを作り、お互いにお辞儀をしたら、晶は駆け出していた。


 光人が初めて接敵するリヒト兵は、本当にデカかった。

 そして剣もでかい。

 これが……リヒト兵。


 これを、今から自分が殺す。八曜の名の下に……


「オオオ!!」

 

 敵が大上段でかかってくるのを胴抜きで一人しとめ、続く二人目は袈裟で斬った。

 ……返り血が顔にかかる。


「光人!! 大技は狙うな!! 敵が構えた瞬間に胴を突くのにござる!!」


「ぎ、御意に!!」


 すると真後ろから敵兵が切り掛かってくる。

 これを刀で受けると、晶がリヒト兵を横から突いた。


「敵の剣はなるべく受けるな!! 刀がいくらあっても足りぬ!!」


「御意に!!」


 暗闇の中、光人は、晶から逸れないようにその背中だけを追っていき、背中合わせになるように戦った。


 暗闇で晶の戦い方を学ぶ。

 晶の剣には、迷いがない。揺るぎない八曜への信仰がそうさせるのか。

 よって、人間が一瞬『迷う』と言う、どうしても反射的に出てしまう行為が晶にはなかった。

 だから、通常の人間よりも、幾寸ほど早く動けるのである。

 

 それに比べ、光人には迷いがある。恐れがある。

 目の前で、または背中越しに、刀を振るう男は決して大きくはない。

 なのにその背を追い越すことは、たとえ八曜の神の加護があっても敵わない……光人はそう思った。


 暗闇の中、兵営に着くまでに敵は数を増していく。

 より大きく。より多く。より凶暴的に。

 それでも晶は怯まずに敵を突く。自分は、彼の背中を守るように切り結ぶことしかできなかった。


 

「爆雷管を起爆させる!! ここからしばし拙者を守って下され!!」


「御意に!!」


 もう、必死だった。頭が破裂しそうで、大声を出すしかなかった。

 戦うこと、敵を処すこと。信仰に殉じること。

 戦場に来るまでは何通りも出してきた自分の中の答えの、ずべて意味のない場所が戦場だった。


 斬った。突いた。

 何度も鍔迫り合いとなり、リヒト兵に蹴飛ばされて慌てて立ち上がり、逆に首を落とした。


 これまで、金座から刀の扱いや手入れの仕方を習った。

 柳谷の姉妹から、剣術や空間把握を習った。

 加賀美からは軍略を習った。

 花座右衛門からは体捌きや、すり足の極意を習った。

 郁也からは、折れない心を学んだ。

 彼ら京国の主力は、多忙や、リヒト人に対する考え方の違いからつきっきりで稽古をつけてもらえるわけではなかった。

 だから自分から一生懸命声をかけ、一生懸命、何度も頭を下げた。そうやって得た技能の一つ一つ。

 それらが全て活かせなかった……。


「爆発するにござる! 拙者について参れ!」

 

 井戸を破壊し、ドナウから兵は撤退していった。


 三方から、晶の側近達が次々やってくる。

 晶が、『ニ』のポーズを作り、お辞儀をする。

 残りの三人も同じことをした。


「……よくぞ生き残られた。この作戦で生き残れるなら、もう大丈夫にござる」


 破顔して晶は言う。とても信じられなかった。

 

「いかがでござった? 戦場は……」


 晶に聞かれ……


「とても……恐ろしゅうございました」

 



 素直に答えた。



 すると破顔した晶は表情を変え、真剣な顔になった。


「それで良いのでござるよ。お主のその武勇、そして今の発言を以て、

 光人殿は一人前の京武士になったのにござる。大将軍光人殿に、八曜の御加護を」


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