光秋姫、来訪
ボーゾム族の船を借り、今、三隻目がニーナ・ハーゲンの港にたどり着いた。
停泊した船から、五百ほどの兵が降りてくる。
ニーナ・ハーゲンは温暖な気候である。
これは、北東から流れてくる気流が『地獄の壁』を越えられないので、中荒隅、改め玉隅は年中天気が崩れ、
山を挟んだニーナハーゲンは波風の穏やかな気象状態なのだという。
リヒト人は麦酒と釣りを好む。
それは気候のせいもあるのだろう。
しかし酒も釣りも戒律で禁じられている京人にとっては、ただの蒸し暑い街である。
それでもニーナハーゲンに配属になった京武士たちはまだ幸せだろう。狭く寒く湿っぽい村を出られるのだから。
晶はなれない暑さに、すっかりのぼせてしまい、日陰にしゃがみ込んでいる。
一方、初陣を無事、勝利で飾った大将軍光人は落ち着きがない。
あっちをうろうろ、こっちをうろうろと歩き回っている。
やがて大将軍の元に使者がやってきた。
「光秋姫がご到着いたしました」
「う、うん」
使者が去ると、光人は晶の元までやってきた。
「晶どの、かたじけないが……ついてきてはいただけまいか」
* * * * *
軍議室も何もなかったので、制圧した海沿いの建物を軍議室とした。
「しばらくぶりでございますわね。大将軍様。
そして、お初にお目にかかります。竹中将軍。
京本光秋にございます」
光秋という女性は元大将軍光国の側室の娘。
つまり、光人の異母兄妹にあたる。
こちらは、光国の思想を色濃く受け継いでいるため、光人の祖母である光橋院とはそりが合わないのだと、先ほど光人から聞いた。
そんな彼女がなぜ、リヒト領にわざわざやってきたのか?
それはおそらくだが、リヒト殲滅に向け、光人を監視する意味であろうとのことである。
「すでに……ご存知でしょうがリヒトの思想は危険でございます。
私はそれを改めて伝えにまいりました」
目が座っている。本気なのだ。
最もその本気は、元大将軍光国に当てられてのことかはわからない。
「なぜ、リヒトという国民性が生まれたか。私はそれを専攻に研究をして参りました。
貴族と貧民の格差社会に、戦争のためなら自国民の犠牲も厭わない国民性。
彼らの叫ぶ『自由』の裏に隠された、麻薬や虐殺、不当な暗殺。
それらの原因は人口が多すぎることに由来していると思われていましたが、
研究を重ねるにつれて、それは間違いであることがわかりました」
「……と、申すと?」
「すべて、京国の反対をやっているだけだ、ということです」
光秋の表情が変わらない。
「歴史を紐解けば、京国がいつの間にか大陸に住み着いていた移民を、受け入れるために彼らに提示した妥協案。
すなわち八曜への改宗と、国名の変更を要求したあたりから、京国とリヒトの関係は崩れました。私たちの歩み寄りを、彼らは拒んだのです。これが意味するところは何か」
その黒目が、だんだんと大きくなっていく。
「根本的に分かり合えず、我々と憎み合うようにできてるんです。
リヒトという国は。私たちが白と言ったものは、リヒト人には黒に見えるようになってるのです。ラギ大陸は元々京国一国の国家でした。彼らは異物なのです」
晶に力説しているのは、この話は光人には耳にタコができるくらいしてきたからだろう。
「光秋殿。言い分はわかったが、拙者は一介の京武士に過ぎぬ。
リヒトと戦っているのも、彼らから玉隅を守るためにござる。
終戦の後、彼らの処遇をどうするか決めるのは、拙者ではござらん」
マーラとレイドヴィヒの話は、できなかった。
* * * * *
晶は、光人を護衛するために同じ建物で生活するように命じられた。
それは海を見下ろす小屋。
ここも……元々誰かが暮らしていた場所であろう。
「厄介になるでござる」
晶は民家に、『二』のポーズをとった時である。
「晶どの、お待ちしておりました」
民家の屋根に、白丸が控えていた。
「……お主は高い所が好きなのにござるか?」
「いやそういうわけではないのですが……忍びですので。一応……」
「……で、なんでござるか」
白丸は、巻物を取り出した。
「隣接都市、ドナウの地図、手に入れましてございます」




