夜明け
誰もいなくなった中荒隅村《なかあらすみ村》。
夜草は思わずよろめいた。
緊張が解けたのと、どうしようもない脱力感が同時にやってきたのだ。
「お、おい」
綾鶴が夜草の体を支える。
彼女の顔から、表情というものは消え、目に移る景色と同じ虚無が頭を支配していた。
夜草は、この村で十五年、暮らしてきた。
彼女にとっての世界が、中荒隅だった。
世界を、一晩にして燃やし尽くされたのだ。住処も、友人も、恩人も、……家族も。
綾鶴には、彼女にかけてやれる言葉などなかった。
どんな言葉を尽くしても、とても慰めてやれない。
ところで……
(晶のやつはどこに行ったんだ……?)と綾鶴は頭の片隅で考えていた。
* * * * *
晶は倒壊した村長の家、その瓦礫を一人でどかしていた。
瓦礫は全て闇よりも黒く、煙を吹いていた。
悲しむでもなく、怒るでもなく、ただただ、瓦礫をどかしていた。
村長であり、親代わりの長政の遺体は、見つからなかった。
そして……実の家族たちの墓は瓦礫に押しつぶされ、崩れていた。
父親、母親、兄の墓。
崩れ、もうどれが誰の墓だかわからなくなったその前に正座をし、右腕と左腕で『二』の形を作りお辞儀をした。
京国の宗派の祈り方である。
* * * * *
夜草の頬から、冷たいものが流れる。
時間をかけて、ようやく涙を流すことを、彼女自身が許したのであった。
そして涙と共に嗚咽が溢れ出てきた。
今は戦時である。こうなることは、心のどこかで覚悟はしていた。
失ったものを目の裏で数えて、その多さと大きさに打ちのめされていた。
隣で綾鶴は何も声をかけてやれずにいた。
空が白みを帯びて、光なのか靄なのかが溢れてくる。
しかし太陽というものは山に隠れて見えず、空の色、大地の色のみが色を変える。
これが中荒隅の日の出である。……いや、今は、山中の廃墟である。
夜草と綾鶴の元に、晶が歩いてきた。
彼は黙って、夜草の隣にしゃがみこみ、肩を抱いた。
しばらくそのまま、動かない時間が続き、それでも朝日はのぼる。
晶は、目の前に転がる何かを見つけて立ち上がり、拾い上げる。
……小さい、鞠だった。
「……ここは、拙者達の故郷にござる」
綾鶴も夜草も、何も応えなかった。
「故郷のない者は根無草。それがし達は、根無草にはならぬ」
「おめえは何を言って……」
晶は、無表情に手の中の鞠を見つめて、こんなことを言った。
「かつて、京国を打ち立てた者は、荒神の荒れ狂う川と火山の中、一年で国を打ち立てたと言う。
……そのものが何者であろうとも、同じ人間なれば、それがし達にもそれができるはずにござる」
ここで泣き腫らした夜草がようやく晶を見た。
「……中荒隅を作り直すの?」
「……中荒隅は一度死んだ村にござる。
しかし、拙者達は生きておる。それを、京の民に伝えるのにござるよ。
さすれば、八曜の神は必ず手を差し伸べ、この村に新たな息吹を与えてくれるはずにござる」
「それは、つまりどう言うことだ?」
綾鶴が聞くと、朝靄の廃墟の中、晶は微笑んだ。
「ここに、それがし達の村を作ろう」




