晶の夜襲
晶と綾鶴、夜草の三名は、リヒトの占領兵一千名が陣取る中荒隅の集落まで戻ってきた。
火はすっかり消えていた。
すでに白い煙があたりを包んでおり、大勢の兵士が安全確認のために歩き回っていた。
それを、少し離れた丘の上から三人は見ている。
「……で? どうすんだ? 一人あたり三百斬って追っ払うのか?」
目の前の景色に圧倒されて、綾鶴が思わず愚痴をこぼした。
晶は、落ち着いていた。
「……まず、拙者らは千人も相手にすることはないのでござる」
「ああ?」
「前提を見誤ってはならん。奴らはどこから来たか?」
「どこって……南の山を越えてきたのだろうが」
「左様。あの山を越えてくることはできた。されど、そうなるとどうしてもここ、中荒隅を攻撃するならば、敵方は短期決戦を仕掛けるしかないのにござる」
「……まあ、大量の米俵背負って山のぼりはきついな」
「左様。おそらくは兵糧は持たず、食糧は現地調達のつもりだったのでござろう。
……見つけた。あそこにござる」
晶が指したのは、見張りの兵数十名が囲んでいる、村の倉庫だ。
あそこにだけ、リヒト兵は火をつけていない。
「わかりやすい、兵糧庫にござる」
「なるほど? あそこを叩けば、兵は補給が絶たれるって考えか?
しかしなあ、どう見積もっても二十……三十はいるぞ……」
「兵法においての基本は人足。それはある意味で正しい。しかしそれは日中の時にござる。夜間であれば、その足し算は引き算に変わる瞬間があるのにござる」
綾鶴には、晶の言っている意味がわからなかった。
「夜襲は、数の利を覆す唯一の策にござる。明かりを全て落とし、暗闇から襲い掛かれば敵はどうなるか? 同士討ちを恐れて武器を振り辛くなるのにござる」
こいつは本気で言っているのか!? 綾鶴は思わず二人を見た。すっかりやる気になっている。
「……拙者が、あの松明を持っているものを斬り申す。暗闇になったら、向こうは怖気付く。その隙に兵糧庫に火をつけ申す。
さすれば敵の士気は下がり申す。敵はただでさえ、辛い行軍の後。痛撃を与えるなら、朝が来る前のこの瞬間にござる……!」
と、言い切る頃には丘の勾配を駆け足で降っていった。
夜草も続く。
その歩幅に、一縷の迷いもなかった。
晶は背後から明かりを持っている兵を突き刺すと、手際よく兵糧庫に火をつける。
慌てふためくリヒト兵。
晶の言った通りだ。あたりは暗闇と煙で視界が悪く、リヒト兵は重たい剣を振り上げる力も残っていなかった。
夜霧に紛れて、一人。また一人。
リヒト軍からすれば何が起きているのかもわからず、勝手に兵が倒れていく。
ただ目の前にいるのが味方か敵かわからぬまま、右に左に視線を泳がせている時には、背後から一突き。
慌てて松明をつけたところで、あたりは村を焼いた煙だらけで視界は真っ白。
その真っ白な闇から白い刃が伸びてくる。
アっと言う間に二十、三十という兵が倒れていく。
そして兵糧も燃え尽きた。
奇襲のための行軍で戦う気力も残されていない……
リヒト軍大将は、制圧の完了した仙野多摩方面に撤退を開始した。
鉄の剣を捨てて、恐怖から山を降りていくリヒト軍の背中を、綾鶴は眺めていた。
「すげえ……」
独りごちながらも、焼け落ちて、何もなくなった村。そして大量の返り血を浴びた手を見て、綾鶴はため息をついた。
「無事? あんた」
白い闇から、少女の声が響く。自分のように返り血を顔面に浴びている夜草だった。
「ああ……。なんとかなったな」
すると……
「二人とも無事にござるか」
闇の奥から晶の声が響く。
その姿を見て、綾鶴は思わず息を呑んだ。
この男、返り血を浴びてない。
一体この間に何人斬ったんだ!?
刀はすでに鞘に収まらないほど歪み、欠けているのに、服にも顔にも血がついていなかった。
……ただもんじゃねえ、コイツ……。
少なくとも、荒神じゃ見たことがねえ……。
目の前に佇むこの男の恐ろしさを、綾鶴は実感したのだった。




